さて、それでは中医学から見た「脳卒中」の説明をしたいと思います。
今回も『脳卒中』を通して、できるだけ皆さんに中医学の病気の捉え方や、治療方針の立て方から治療にいたるまでをイメージしていただけるように説明してみたいと思います。


▼中医学の生理観▼
中医学も現代医学と同様に医学です。医学である以上そこにはしっかりとした学問体系や理論が存在します。医学には正常な身体の状態を考える『生理観』(現代医学では生理学や解剖学など・中医学では臓腑学や経絡経穴学や気血津液学など)というものがあり、その上に病気の成り立ちを考える『病理観』(現代医学では病理学・中医学では病因学説や病機学説)が存在します。つまり、病気を理解するためには、まず正常な身体の仕組みや構造を理解しなければ病気を理解することは出来ません。ですから、まずは中医学の生理観を理解しないと、中医学から見た病気は理解することは出来きません。
しかし中医学の生理観は現代医学のそれとは全く異なった考え方をし、とても奥深いものですので、とりあえず今回は脳卒中に関係するものだけにしぼって説明をさせていただきます。


≪気・血・水≫
中医学では人の身体は「気」「血」「水」の三つの物質により構成されると考えます。
そしてこれらが多くも少なくもなく適量で、バランスよく且つスムーズに流れてこそ健康でいられると考えます。

<気>
気の主な作用には、物を動かす「推動作用」・栄養に関わる「栄養作用」・身体を温める「温煦作用」・身体を守る「防衛作用」・ものを変化させる「気化作用」・体内から血や栄養物が漏れるのを防ぐ「固摂作用」など様々な働きがあります。
この中で脳卒中と深く関係があるのは「栄養作用」と「推動作用」です。
「栄養作用」とは読んで字のごとく各部を栄養する働きです。
「推動作用」とは物を動かす作用のことです。例えば気の推動作用によって血は流れることができるのです。このことは『気めぐれば血めぐる』と言われております。

<血>
血の主な作用は各器官を栄養することです。

<水(津液)>
水は津液とも言い、体内にある正常な水液のことをいいます。主な作用としては身体の各部所に潤いを与えます。さて、今ここで説明しているのは正常な水の話ですが、実は体内に不要な水が貯留することがあります。例えば正常な水である津液は本来スムーズに流れていなければなりませんが、この流れが長時間停滞を起こしたり、本来は尿となって排泄されなければならない水液が、何らかの異常で体内に貯留した場合などがあります。この様な不要な水を度合いによって「湿」とか「痰濁」といいます。これらの不要な水分は様々な病気を引き起こします。脳卒中も「湿」によって発症することがあります。

《経絡》
経絡とは一言で言えば、気血水を全身の各部位へ運ぶための通路みたいなものです。経絡の作用は「生理作用」「病理作用」「治療作用」の3つにわけられます。上記の気血水が流れる経路としての働きが「生理作用」になります。ところが経絡が何らかの病因物質によって塞がれてしまうことがあります。そうなってしまうと気血水がその先へ行けなくなってしまいます。当然、気血水が行きわたらなければ様々な症状がでてきます。その中に脳卒中も含まれます。

《五臓六腑》
さて、次は内臓です。よく「五臓六腑にしみわたる」などといいますが、この五臓六腑が東洋医学の考える内蔵のことです。西洋医学のそれとは異なり東洋医学では内臓を物体として区別 するのではなく、働きで区別します。六腑は飲食物の消化吸収を行い、五臓が栄養分から「気血水」を作ったり運んだり貯蔵をしています。
具体的に五臓とは「肝」「心」「脾」「肺」「腎」があり、六腑には「胆」「小腸」「胃」「大腸」「膀胱」「三焦」があります。先程の働きの他にも五臓六腑には沢山の働きがあります。
しかし、各々の臓腑には西洋医学と同じような働きをするものや、全く違う働きをする臓腑もあります。それは、西洋医学と同じ臓腑の名前を使ってはいますが、冒頭で説明したように中医学では臓腑の働きに注目しておりますので、名前が同じでも全く同じ物を指しているわけではありません。私もそうですが、こういったところが皆さんが混乱してしまうところだと思います。ですから、今から脳卒中に関係のある臓器ついて説明をいたしますが、名前が同じでも西洋医学のそれとは違う物という認識で(別 物と思って)これから先を読まれた方がよろしいかと思います。
では、脳卒中に関係の深い臓器の生理作用の説明を始めます。

『心』
心は横隔膜の上やや左にあります。生理作用は血脈を主る・神明を主る・神を蔵する などがあります。
心の主要な生理作用は血を全身に運ぶことと、精神活動の総括になります。心の機能活動を現す言葉に『心火』という言葉があり、生体全体の機能活動を促進する作用があります。ところが、情志失調などにより心火が亢進してしまうことがあります。この心火の亢進が脳卒中の病因となることがあります。

『肝』
肝はお腹の右上部にあります。肝の働きは西洋医学のそれとはかなり異なり、疏泄を主る・血を蔵す・目の働きを維持する・筋を主る などがあります。
肝の主要な働きは蔵血と疏泄で、これらは脳卒中と深く関係します。肝に蔵血されている血のことを肝血(かんけつ)と呼び、他の血と区別 して表すことがあります。
疏泄の「疏」は疎通(流れが通じる)「泄」は発散を意味します。疏泄とは気の運行や消化活動の促進・精神状態を安定などの作用があります。さて、ここで気の運行の調整に注目したいと思います。気は、体内で行なわれる昇ったり降りたりの上下運動と、体内と外界の間で行われる発散と収納といった出入り方向の運動が基本となって行われています。この様な「上・下・出・入」の運動を「昇降出入」といい、肝の疏泄作用は昇降出入対してスムーズに運動できる様に調整をしているのです。特にこの昇らせる作用(昇発作用)が脳卒中の起因に深く関係しますのでよく覚えておいて下さい。また、陰陽論では気は陽に血は陰に属します。このことから肝の気を「肝陽」と言う場合もあります。
又、肝はノビノビした状況を好みます。ですから、過度のストレスや怒りは肝を損傷してしまい、肝の機能低下や過度な機能亢進をまねきます。

『脾』
横隔膜の下やや左側にあります。生理作用としては、運化を主る・昇清を主る・統血を主る・肌肉を主る・四肢を主する などがあります。
この中で脳卒中に関係がある作用は、運化作用です。運化作用とは消化と吸収のことで、具体的には飲食物から栄養分とそうでない物を分別 し、栄養分は吸収して肺に送り、そうでない物は大腸に送ります。脾が吸収した栄養分から気血は作られますので、脾の運化作用の低下は気血の不足をまねいてしまいます。 又、「思は脾の志」とされていて、脾は思い悩むと損傷され易い臓器です。
その他に「甘は先ず脾に入る」と言われ、甘味には脾胃を調和してくれる作用がありますが、甘味の食べ過ぎは湿を生み、脾胃を損傷させ作用低下をまねきます。

○肝と脾の関係○
中医学は陰陽五行論という考え方を基本としています。陰陽五行論とは陰陽論と五行説という中国の古代哲学を合わせた考え方です。五行説とは世の中の全ての物は「木」「火」「土」「金」「水」の五つの性質に分けることが出来、さらにお互いに影響しあいながらバランスを保っていると言う考え方です。そして肝や脾も五行説によって「肝は木の性質・脾は土の性質」に分類できます。自然界を見てみると、木は土から栄養分を奪っています。これは「木は土を克す関係」と解釈し、木克土(もっこくど)といいます。この関係はこのまま肝と脾の関係に置き換えられます。つまり、「肝が脾を克す関係」です。もう少しこの関係を具体的に説明すると、先ず、健康な状態のときは肝が脾を克すことにより、脾の作用が過度になるのを肝が抑えてくれています。ところがバランスが崩れた状態では肝が脾を抑えすぎてしまい脾を損傷させてしまうことがあります。脳卒中の病機の中にはこの木克土によるものもあります。

『腎』
腰の位置で背骨の両脇に1対存在します。生理作用としては、精を蔵す、先天を主る、生殖を主る・水を主る・納気を主る・二陰を主る・骨を主る、骨髄を生ずる などがあります。
この中で、腎に蔵されている精に注目してみましょう。精とはとは生命活動の根本をなすもので、両親から受け継ぐ「先天の精」が、生後飲食物から作られる「後天の精」の滋養をうけて形成されます。精は腎に蔵されていることから「腎精」とも呼ばれています。精には腎陰と腎陽があり、これらは腎中の精気を基盤としています。腎陰は臓腑・組織を潤し滋養している陰液の根源となります。例えば、加齢に伴いこの腎陰の不足が起きることがあります。すると組織を潤す作用の不足が起こり、肌のカサツキや更年期では「のぼせ」が発症するわけです。脳卒中は老化に伴う腎陰の不足が病因となることがあります。


中医学の生理観はご理解いただけたでしょうか?我々が慣れ親しんでいる西洋医学とは大分違っていたと思います。最初はなかなか理解するのは難しかったり、抵抗があったりすると思いますが、生理観の概念が違うからこそ西洋医学で治らなかった病気を中医学で治すことができるわけです。
それでは次に生理観の他に中医学の独特の考え方をするものを少しだけ紹介します。これも中医学を理解する上でとても大事な予備知識になります。

《病因》
病因とは病気となる原因のことです。中医学ではこの病因を「外因・内因・不内外因」の3つに大別 します。
『外因』とは身体の外の環境が病因となるものをさします。これらは六淫と呼ばれ「風・湿・熱(火)・暑・寒・燥」の6種類あります。また、それぞれに「邪」を付けて「風邪・湿邪・熱邪・暑邪・寒邪・燥邪」と呼びます。
この中で脳卒中と関係があるのは「風邪」「火邪」「湿邪」です。

「風邪」
風の特性の一つに「善く(よく)行り(めぐり)数々変じる」とあります。これは、風は遊走性や変化に富むことを意味します。又、自然界では風が吹くと枯葉などは高く舞い上がります。体内でもこれと同じ事が起こります。風邪が人体を襲うと、人体の上部である頭を犯すことがあり脳卒中の病因となります。

「火邪」
自然界では、火は熱を生みます、熱は上昇する性質を持ちさらに風を生みます。体内でもやはりこれと同じ事がおこります、つまり、火熱は上へ上へと昇って行き頭顔面 部を犯します。また、火熱は容易に風を生んでしまいます。中医学は天人相応という考え方を基本にしています。これは人間も大自然の一部という考えで、自然界で起こる現象は体内でも同じようなことが起こるという考えにつながります。自然界で火が風を生むように、体内に入って来たり生まれた火熱は、体内で風を生むと考えるわけです。これも、脳卒中を引き起こす病因になります。

「湿邪」
体の中の不必要な水分を言います。湿は、重い・粘度が高い・人体の下部を襲いやす・気の流れを妨げる・などの性質があります。この中で脳卒中に特に関係があるのは、重い・粘度と気の流れを妨げることがあげられます。
衣類が水に濡れると重くなるように、湿が体内に入ると体が重くなります。空気中の湿気が増える梅雨時期に体が重くなる方がいますが、これは空気中の湿気が体内に入り込んでしまっている状態です。又、自然界でも清らかな水に比べ、川の淀みなどの濁った水は粘ついていますよね。これと同じように体内の湿も粘ついています。ですから湿に犯されると泥状便といって大便が粘ついたりします。また、粘度が高いので一度体に入るとへばり付いてなかなか取れにくい特性があります。
湿は重く粘りけがあるので、湿が経絡に入り込むと気の流れを妨げてしまいます。この状態を「気機の阻滞」といい、脳卒中の原因となります。

『内因』とは過度の精神状態が病因となるものをさします。これらは「喜・怒・思・悲・恐・憂・驚」の7種類あります。これらは七情と呼ばれます。七情は健康な方も持っていますが、これらの感情が過度であったり、長時間持続的に続く場合は正常ではありません。この様な状態を「情志失調」といい、病因になってしまいます。現代医学では感情の変化と内臓の相関関係はまだ認められていませんが、中医学では感情の変化が各臓腑と深く結びついており、情志の失調が臓腑の働きに障害をおよぼすと考えています。というわけで、この七情が病因に含まれているのです。ではせっかくですから結びつきの深い五臓と七情のペアーを紹介しましょう。

喜⇔心 怒⇔肝 思⇔脾 悲⇔肺 憂⇔肺 恐⇔腎 驚⇔腎
これらのペアーはお互いに刺激しあいますので、五臓に異常が発生すれば感情も変化し、逆に過度な感情は臓器を障害してしまいます。この関係の中で、特に脳卒中と関係の深いペアーは「怒⇔肝」と「思⇔脾」になりまので、この関係についてだけもう少し説明いたします。

○怒は肝に属し、怒り過ぎると肝を傷る(やぶる)○
「肝」の生理でも触れましたが「肝」はノビノビした状況を好みますので、過度の怒りは「肝」を損傷してしまうわけです。

○怒れば則ち気は上がる○
これも「肝」の生理で触れましたが、「肝」の疏泄作用のところで気を上に昇らせる昇発作用というのがありました。怒りや興奮のし過ぎはこの昇発作用を過度にさせてしまいます。その結果 、気が過度に上行してしまう「肝気の上逆」という状態になってしまいます。また、気の生理作用で血流の促進をしている推動作用というのがありました、昇発作用気が過度になることにより気の推動作用も又過度になってしまいます。その結果 気は血を伴い急激に頭の昇ってしまいます。よく「頭に血が昇る」といいますが、この様な状態です。もっと酷いと、急に卒倒し手足を触ってみると冷たくなっていたりする状態を引き起こします。たまにテレビなどで、ご老人がパチンコ屋さんで大当たりして興奮しすぎて、卒中を起こしたなどといったニュースが流れますが、まさにこの状態です。

○思は脾に属し、思い過ぎると脾を傷る○
思とは思考・思慮のことをさします。正常な思考は悪い影響は与えませんが、過度の思慮は脾を損傷してしまいます。

○思えば則ち気は結ぶ○
思慮により精神疲労が過度になると、気の流れがスムーズでなくなり、脾の運化作用に影響がおよび食欲不振や消化吸収障害が発症してしまいます。これらの症状は栄養素の摂取の障害につながり、ひいては気血不足を起こします。

○心と肝○
心と肝は精神活動に深く関与していることは五臓の生理で説明しました。このことから心と肝は精神的要因でおこる病変に対しては相互に影響し合っています。

『不内外因』とは内因・外因のどちらにも属さないものをさします。これらは「不節な飲食・外傷・寄生虫・過労・運動不足」などがあります。
特に脳卒中の病因となるものは「不節な飲食」と「過労」が挙げられます。

「不節な飲食」とは食べすぎ・飢え・偏食・不衛生な物の飲食があります。この中の偏食に注目してみましょう。
偏食には、「肥甘厚味の過食」「辛辣の過食」「生冷の過食」「飲酒の過度」があります。この中で「肥甘厚味の過食」と「過度の飲酒」が脳卒中の病因になりますので少し説明をします。
「肥甘厚味」とは甘い物・味の濃い物・油っぽい物・といった食物をさします。これらの食物は湿や痰や熱を生みやすく、脾や胃を損傷させてしまいます。
又、「過度の飲酒」は湿熱を生み、脾胃を損傷します。

《病位》
病んでいる部位のことです。これも中医学の独特の考え方で、例えば風邪のひき始めなどでは、外邪はまだ体表にいます。したがってこの場合の病位 は体表を指します(表)。しかし、風邪をひいてもそのままにしておけば、やがて外邪は体内に入り込みます。この場合の病位 は体内になります(裏)。それでも放っておくと、やがて脾や腎といった臓腑が損傷をうけます。この場合の病位 は脾や腎といった具合に損傷をうけた臓腑になります。

《弁証》
中医学では病気の種類を「証」(しょう)と言います。その「証」を見極めることを「弁証」と言います。つまり、弁証とは簡単に言えば病気の原因や性質や状態などを見極めることです。もう少し具体的に説明しましょう。
先程「生理観」のところでも述べましたが、健康であるためには「気・血・水」が適量 であり、スームーズに流れていなくてはなりません。もし、その中のどれかのバランスが崩れると、重度・軽度はありますが、何らかの不調が現れてきます。
弁証とは、何が原因で・何が・何処で・どの様に・バランスを崩しているのかを見極めるのです。
皆さんの中には「病証」とは現代医学の「病名」のことと思われる方もいらっしゃると思いますが、実は似ているようで少し違うのです。例えば現代医学で○○病と言われれば、その病名によって治療法が決まり、同じ病名の患者さんであれば基本的にはみな同じ治療が施されます。しかし「証」となると、もっと細かい分類になります。今回の脳卒中でも、中医学の弁証では数種類に分類され、すべて処方される漢方薬や、使用するツボも異なってきます。ですから、「弁証」とは病気を診るものではなく、あくまでも体の中のバランスの崩れを診るものなのです。

さて、実際の治療では、患者さんの弁証が出来たら、次に治療方針を考えます。

《治則と治法》
中医学の治療理論は治則と治法に分けられます。
治則とは治療の根本的な原則で、標治と本治と標本同治の3種類あります。
治法とはそれぞれの疾患に対しての具体的な治療法のことです。
簡単に言えば、治則は治法を導き出すための大原則です。つまり、「弁証」により病気の状態がわかり、次に「治則」による治療の方向性を出し「治法」で具体的な治療法を考えるのです。そして最後に「治法」にそって漢方薬は処方され使用するツボが決まるのです。

《【理・法・方・薬(穴)】という大原則》
『理・法・方・薬(穴)』とは中医学での診察から治療までの流れを表す言葉です。

「理」とは理解と言う意味で、具体的には「弁証」により病気を理解することをさします。

「法」とは弁証に基づいて治療方針を決定します。

「方」とは治療方針にのっとった漢方薬の処方やツボの選穴になります。

「薬(穴)」とは薬やツボの知識をさします。

つまり、本来の臨床の現場では「弁証」が立てられ、「弁証」に基づいて治療方針を決定して、それに沿った処方や選穴がしっかりした漢方薬やツボの知識により行われるのです。逆を言えば、「理・法・方・薬(穴)」の大原則に沿って行われる治療が中医学の治療となります。

問診もろくにしないで痛い所やコリが在る所に針を打ったり、この疾患にはこのツボといったような短絡的な選穴の仕方のみの治療は本来の中医学(東洋医学)ではありません。

さて、中医学の予備知識もだいぶ頭に入ってきたところで、本題の脳卒中に入りましょう。

 


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