●食欲不振について●

“食欲”とは、食べ物の摂取、エネルギー消費、排泄という生理作用を円滑に営み、生命を維持する為の“本能的食欲”と、視覚・味覚・触覚・嗅覚・聴覚などの感覚器からの刺激によって生じる“精神的食欲”があります。
それらの食べ物への欲求が低下・消失した状態を“食欲不振”といいます。
何故食欲がなくなるのか、現代医学と中医学の視点から、それぞれ説明してみたいと思います。


【現代医学的な捉え方】
空腹状態にありながら、食べ物に対する欲望が起こらない状態を“食欲不振症”といいます。
食べ物を摂取するのは、空腹感と満腹感のバランスによるものであり、大脳の視床下部にある食欲中枢によってコントロールされています。
食欲中枢には、満腹を感知する満腹中枢と、空腹を感じる摂食中枢があります。
人間の体は、血糖(血液中のブドウ糖の量)が下がると摂食中枢が刺激されて食欲が起こります。
空腹による“胃の飢餓収縮”も食欲に関与しています。飢餓収縮とは、胃内が空の状態で時間が経過すると、胃は収縮を起こします。これを飢餓収縮といいますが、この収縮が起こると胃に分布している迷走神経(副交感神経)を通 して摂食中枢に伝えられて空腹感を感じます。
食後に血糖が上がると満腹中枢が刺激されて満腹感を感じます。また、食べ物を十分に摂ると胃が伸張されて、この刺激が迷走神経を通 して満腹中枢に伝えられて摂食中枢を抑制します。
そして食欲は、情緒や食べ物の記憶、視覚、嗅覚などの影響を強く受けます。
食欲不振は、消化器疾患に最も頻繁に認められる症状です。慢性胃炎、胃ガンなどの胃疾患のほか、急性肝炎、肝硬変、慢性膵炎、慢性胆嚢炎などほとんどの消化器疾患でみられます。一般 に、低酸状態(胃酸の塩酸分泌量が低下した状態)が多く、随伴症状である悪心・嘔吐・下痢・下血・腹痛などを参考にして原疾患を診断していきます。
対症療法として、苦味薬、芳香性健胃薬や消化薬が用いられます。
“苦味薬”とは、苦味によって舌の味覚神経末梢に作用して、反射性に唾液・胃液の分泌を促します。ゲンチアナ・オウバク・オウレン・センブリ・ホミカなどがあります。
“芳香性健胃薬”とは、芳香(におい)によって嗅覚を介する反射と、胃粘膜に対する刺激作用によって、胃の分泌機能を高めて胃腸管の運動を促します。トウヒ・ウイキョウ・ケイヒなどがあります。
消化器疾患の他に、内分泌疾患・腎疾患・循環器疾患・高度の貧血・薬剤の副作用・神経性因子などでも食欲不振は引き起こされます。



【中医学的な捉え方】
最初に、中医学的な人体の考え方について説明します。
人体には“気・血・水”と呼ばれる「人体を構成して生理活動を活発化させる基本的物質」が巡っています。

〜気・血・水について〜

○気・・・ 気は体内を流れるエネルギーの1つです。消化・吸収・排泄を正常に行なう、血を巡らせる、体温を保つ、ウィルスや細菌から体を守る、内臓を正常な位 置に保つなど、体の生理機能を維持する働きがあります。

○血・・・ いわゆる“血液”という意味のほか、“気”とともに体内を流れて、内臓や組織に潤いと栄養分を与え、また精神活動(気持ち・気分・情緒・感情)を支える物質でもあります。

○水・・・ 体内を潤すのに必要な水分のことです。胃液・唾液・細胞間液・リンパ液・汗なども含まれます。体表近くの皮毛・肌膚から、体内深部の脳髄・骨髄・関節臓腑までを潤します。

気・血・水の生成や代謝は“五臓六腑”と呼ばれる臓器によって行なわれます。
五臓と六腑は、よく一緒に語られますが役割は異なります。
六腑は、“胃・小腸・大腸・膀胱・胆・三焦”の総称です。
六腑というのは、水穀(飲食物)を消化して、身体に有益な物質である“水穀の精微”(これが気・血・水の生成材料になります)と、不必要な物質である糟粕(カスのことです)とに分け、“水穀の精微”を五臓に受け渡し、糟粕を大・小便に変えて排泄を行なう臓器です。
六腑のうち、口から摂取された水穀が最初に運ばれる臓器が“胃”です。
胃が水穀を受け入れて(これを受納といいます)、消化し(これを腐熟といいます)、消化物を下方の臓器に渡す(これを和降といいます)という3つの働きをします。
小腸は、胃の下にある臓器で、胃で消化された水穀を人体に有益な“水穀の精微(清)”と“不要な糟粕(濁)”とに分別 します。
そして分別した“清”を脾に運び、“濁”をさらに水分とそうでない物に分けて膀胱と大腸に移します。大腸と膀胱は“濁”をそれぞれ大・小便にして排泄します。
また、胆は肝で生成された胆汁を小腸に分泌して、消化を助けています。
三焦は、臓腑機能を統轄して、水分や気を運行させる通路の働きをしています。
“五臓”は“肝・心・脾・肺・腎”の総称です。
五臓は、六腑から水穀の精微を受け取り“気・血・水”を生成し貯蔵する臓器です。


〜五臓について〜

○肝・・・ 肝は血を貯蔵する働きのほか、全身の“気”のめぐりをコントロールして、精神・情緒を安定させる作用や、筋肉・目の働きを維持する働きがあります。

○心・・・ 血を全身に送り出すポンプの作用のほか、脳の働きの一部を担っていて、情緒や感情といった“こころ”とも関係が深い臓器です。心の機能が充実していると精神状態が穏やかで、情緒が安定し、思考能力も活発になります。

○脾・・・ 消化に関わる機能すべてを含んだ臓器です。食べたり飲んだりしたものを、体の役に立つエネルギー(気)に変える役割があります。また、血を脈外に漏さないようにする働きや、味覚をはじめとする口の生理機能を維持する働きもあります。

○肺・・・ 肺は呼吸を行ないます。きれいな空気(清気)を体内に取り入れ、汚れた空気(濁気)を体外に出す働きがあります。
また、皮膚や口、鼻などの体表面に細菌やウィルスや有害物質などから体を守るエネルギーのバリア(衛気という気)をはりめぐらせて感染症から守る働きもあります。

○腎・・・ 腎には体内の水分代謝をコントロールして不必要な水分を尿として排泄させる作用があるほか、成長・発育・生殖・老化に深くかかわる“精”を蓄える臓器でもあります。

  ☆精とは・・・ 体を構成する栄養物質や生命エネルギーの総称です。 腎に蓄えられて、人の成長・発育を促進し、性行為・妊娠・出産などの性機能や生殖機能を維持する働きがあります。

そして、気・血が流れる通路として人体の上下・内外を貫いて五臓六腑を交流させている 通路のことを“経絡(けいらく)”と呼びます。
中医学には神経という概念がなく、経絡が循環・伝達系の役割を果たしているといえます。
中医学では、人体は“気・血・水”がスムーズにめぐって、必要なところに必要なだけあり、五臓六腑が正常に機能している状態を“健康”と考え、どこかのバランスが崩れた状態が“病気”と考えます。
鍼灸治療は、崩れたバランスを整えることを目的とした治療法なのです。
バランスを崩す原因(病因)には、外因・内因・不内外因があります。外因とは、外界の環境因子(気候の変化など)、内因は感情や精神状態など、不内外因は食生活や過労などの生活習慣のことです。
これらの病因が、気・血・水のバランスを崩し、五臓六腑の働きを失調させることで病気になると考えます。
中医学独特の診断方法で、何の病因で、気・血・水のいずれが、どのようにバランスを崩し、五臓六腑のどの臓器が、どのように失調したかを見極め(これを弁証といいます)、治療方法を決める(これを論治といいます)ことを“弁証論治”といいます。
では、食欲不振について、弁証論治別(タイプ別)に説明したいと思います。


●“肝胃不和”による食欲不振
これはストレスを受けたり、緊張したり、イライラや不安などの感情の変化があると 食欲がなくなるタイプです。
肝には気をめぐらす働き(疏泄作用といいます)があり、この働きによって脾・胃の運化 (消化・吸収)作用や、胆の胆汁分泌を促し、消化活動を調整しています。
ストレスなどによって、肝の疏泄作用が失調することで、脾・胃の運化作用が失調します。
そして、胃の受納機能(食べ物を受け入れること)が障害されて食欲不振となります。
ムカムカして食べたくなくなるほか、ゲップ・吐き気・抑うつ感・胸苦しい・胸脇が張って苦しい・病状が感情の変化に関連しているのが特徴です。

(治療方針)  
疏肝和胃・・・ 肝の疏泄を調整すると同時に、胃の受納や和降(食べた物を腸に下ろす働き)機能を改善させる治療です。


●“脾胃湿熱”による食欲不振
体内に余分な水分である“湿邪”と、さらに熱の性質を持つ“熱邪”が加わったことで 食欲がなくなるタイプです。
暴飲暴食や、刺激物や、味の濃いもの、アルコールの飲み過ぎ、甘いものの摂り過ぎは、脾の働きを低下させてしまうので、余分な水(湿邪)が体内に滞ってしまいます。
これによって、胃の食べ物を受け入れる働きが低下して、食欲不振となります。
また、食欲不振のほかにも油物や、臭いのあるものを前にすると吐き気がする・胃の辺りが張る・口が粘る・口が苦い・身体が重い・尿が濃くて少ない・便秘あるいは軟便、下痢・おりものが黄色(粘性・有臭)などの症状も見られます。

(治療方針)  
清化湿熱・益気健脾・・・ 胃腸に停滞した湿熱を清化し、脾の運化(消化・吸収)機能を促すことによって、胃の受納機能を改善させる治療です。


●“食滞”による食欲不振
食べ物が停滞しているタイプで、一時的な食べ過ぎでよくみられるタイプです。
暴飲暴食や、もともと胃腸の弱い人が疲労時に消化の悪い食べ物を食すことで、飲食物の停滞が起こり、胃の降濁作用(消化した飲食物を小腸に送る働き)が失調します。
胃がスッキリしなくて食べたくない症状のほか、胃の辺りが張って痛い・臭いゲップ・ガスが出る・便秘または下痢などがみられます。

(治療方針)  
消食導滞・・・ 胃腸に停滞する消化物を除去して、運化機能や受納機能を改善させる治療です。


●“胃陰虚”による食欲不振
胃が陰液(滋養する水分のこと)不足により、滋潤能力が失調して、咽喉や腸を潤すことが出来ず降濁作用(消化したものを小腸に送る働き)が低下することで起こるタイプの食欲不振です。
空腹感はあるが、食べる気がしないほか、食べるとすぐ満腹感がある、上腹部の灼痛・ 胸やけ・つかえ・便秘・コロコロ便などの症状がみられます。

(治療方針)  
滋陰養胃・・・ 胃を滋養して受納機能を回復させる治療です。


●“脾胃虚弱”による食欲不振
過労や、慢性疾患、精神性のもの(思慮過多)などで、脾の気を消耗することで、運化 (消化・吸収)機能が低下して起こるタイプの食欲不振です。
空腹感のないのが特徴で、食べるとすぐに胃が膨満感になる・泥状便(ベットリとした便)、疲労によって症状が増悪などがみられます。

(治療方針)  
益気健脾・・・ 消化機能を改善させる治療です。


●食養生
日本の夏は、暑さと湿気が特徴です。暑さで汗をかくと共に“気”も消耗します。
そのため、疲れる・だるい・やる気が出ない・・などの夏バテの症状が現れます。
また、湿気によって体内にも余分な水が溜まりやすくなります。この“湿”は胃腸にダメージを与えるため食欲不振や消化不良をまねき、疲れやだるさを悪化させる要因にもなります。
こんな季節は、“気”を補う食材と、余分な水分を出す食材を取り入れてください。

“気を補う食べ物”
豆類・・・・・ 大豆、枝豆
ネバネバ系・・ オクラ、長いも、わかめ、納豆
香りもの・・・ 青じそ、しょうが、みょうが、玉ねぎ、セロリ、にんにく
その他・・・・ 梅干、しじみ、いか、たこ、うなぎ、ごま、かぼちゃ、酢など

“余分な水分を出す食べ物”
きゅうり、とうがん、とうもろこし、そば、海草、豆類、香り野菜 など

また、この季節は冷房による夏冷えも、体調を崩す原因の1つです。体を温める食材を摂りましょう。

“体を温める食べ物”
かぼちゃ、ニラ、ねぎ、にんにく、しょうが、赤唐辛子、青じそ など

暑さで体に熱がたまった時は、冷たい食事や飲み物を多く摂るのではなく、体の熱を取ってくれる食材(主に旬の野菜)を積極的に摂りましょう。

“体の熱を取る食べ物”
きゅうり、とうがん、にがうり、トマト、なす、セロリ、もやし、すいか、メロン、豆腐、春雨、そば、 など

食欲がない時は、消化器官の働きが低下しています。
“よく噛んで、ゆっくり食べる”“冷たい飲み物はゆっくり飲む”“食べ過ぎない(腹八分)”
“疲れをためない”“気分転換をする”など、胃腸を労わることが大切です。
また、食欲不振の原因は多く考えられます。安易な自己判断をせずに、長引く時は検査を受けることをお勧めします。


中医学鍼灸は、一般的な局所治療鍼灸と異なります。
症状のタイプ別や、細かい体質、或は症状の起因を見極め手当てをおこなうところに大きな特徴があります。

ご質問等ございましたら、お気軽に当院までご相談ください。

 


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