<健忘について>

朝、持ち物を忘れて出かけてしまったり、会話の中で単語が出てこなかったりと 、「物忘れ」は誰しもが経験したことがあるのではないでしょうか。
人間の脳は、聞きなれない言葉や、難解な内容の事柄、また、情報量が多ければ多いほど正確に記憶できないのが普通 です。
そして、年齢を重ねれば重ねるほど、記憶力というのは減少していくものです。
これらは、自然の摂理と言えましょう。
しかし、人によっては、今までとても簡単に記憶できた単純なことが記憶できなくなったり、数日前の大きな出来事が思い出せないといったことが、起こりうることがあります。

今回は、物忘れを主症状とする「健忘症(けんぼうしょう)」について述べていきます。


<現代医学的にみた健忘症>
まずは、現代医学的にみた健忘症について述べていきます。

◆健忘症とは
健忘は、記憶障害のうち、特に言語で表現できる種類のもの(宣言的記憶)が障害された状態を指します。
簡単に言ってしまえば「物忘れ」ということになりますが、物忘れというのは、誰しもあるもので、実際に健忘症とは、より病的な物忘れを指します。

健忘症は、記憶がぬけ落ちている状態の時間的な関係や内容により、次のように分類されています。

・時間的な関係による分類
物忘れと言うと、一度覚えたことを思い出せないといったことを想像するかと思いますが、物事が覚えられないといったことも含まれます。

- 前向性健忘
発症以降の記憶が抜け落ちた状態です。物事を新しく覚えることのできない障害です。

- 逆向性健忘
発症より昔の記憶が抜け落ちた状態です。記憶を呼び出す想起の障害です。


・思い出せない記憶の内容による分類
- 全健忘
健忘の期間内の記憶すべてが思い出せない状態です。

- 部分健忘
期間内の記憶のうち、思い出せるものと思い出せないものが混在した状態です。

◆アルツハイマー病との違い
最近よく聞く病名でアルツハイマー病という病気を聞いたことがあるかと思います。
メディアでもよく取り上げられており、アルツハイマー病がテーマとなっている映画やドラマもあることから、一つの社会現象とも言える病気だと思います。
主症状が病的な物忘れということから、「アルツハイマー病」=「健忘症」と思われている方もいらっしゃるかと思います。
しかし、実は「アルツハイマー病」と「健忘症」は異なった病気なのです。

・アルツハイマー病
アルツハイマー病は、進行性の局部的な脳の変異が認められる病気です。
コンピューター断層撮影(CT)検査や磁気共鳴画像(MRI)検査といった、脳の形態をみる検査で、異常が認められます。

・健忘症
一方、健忘症は、進行性の局部的な脳の変異が認められず、器質的な問題がないか、あったとしても外傷によるものが、健忘症と診断されます。

つまり、アルツハイマー病と健忘症は、原因が全く異なる病気なのです。

アルツハイマー病がよく聞かれるのは、この進行性の病変を治療する有効な手段がなく、厄介な病気だからなのでしょう。

◆健忘症の原因
先ほども述べたとおり、健忘症は、器質的に問題がないか、あったとしても外傷によるものです。
では、健忘症の原因は何なのでしょう。
外傷性の場合は明白ですが、その他の場合は残念ながらほとんど原因は解明されていません。

ただ、要因の一つとして関係していると思われる物質はあるようです。
ベータアミロイドという物質で、次のような機序で健忘が発症していると考えられています。

 [ベータアミロイド] => 原因物質と考えられている。高齢になると増える。
     ↓
     ↓活性化させる
     ↓
 [アストロサイト] => 脳の神経細胞の周りに存在する細胞で、神経伝達の援助をしている
     ↓
 ベータアミロイドを有害なものとして認識し炎症を起こさせる
     ↓
 炎症が脳にダメージを与え萎縮させる

しかし、ベータアミロイドが多いからといって、必ずしもアルツハイマー病になるとは限りません。
そういったことを踏まえると、ベータアミロイドは要因の一つとして考えることはできますが、その他の要因も関係している可能性があると考えられます。


◆増加している「若年性健忘症」

最近、20代〜30代の若者にも「聞いたことをすぐ忘れてしまう」「相手の話すことが理解できない」といった物忘れが増えているのはご存じでしょうか。
会社を辞めざるを得ないなど、深刻な症状の方もいるそうです。
健忘症であることには変わらないので、コンピューター断層撮影(CT)検査や磁気共鳴画像(MRI)検査では発見されず、周りから理解されないこともあるそうです。

この「若年性健忘症」ですが、やはり原因は不明ですが、生活環境や職場環境において特定のパターンがあると言われています。

・仕事において何でもマニュアル通りにこなす
・誰とも会話せずにパソコンのモニターにむかっている

などといった傾向にあると、脳に与える刺激が少なくなり、機能が徐々に低下してしまうそうです。

そういった意味で、適度に脳を刺激するような、生活や仕事のスタイルを心がけることも健忘症の予防としては、重要なことであると考えます。


<中医学的にみた健忘症>
では次に、中医学的に見た健忘症について述べていきます。

◆中医学的な健忘症の捉え方
健忘症を中医学で捉える場合、臓腑では心と腎、奇恒の腑では脳が深く関係してきます。
まずは、これらについて述べていきます。

・脳
中医学において、身体の構成物質である気血津液や臓腑は、生理活動に関係す る重要な要素として、馴染みの深いものですが、他にも「奇恒の腑」といわれる、臓腑と類似しているものがあります。
脳はこの「奇恒の腑」の一つとして位置付けられています。
「奇恒の腑」は、脳・髄、骨、脈、胆、女子胞を総称したもので、普通 とは異なる腑という意味になります。
これらの多くの形状は中腔であり、腑によく似ていますが、機能面では、飲食物の消化や排泄物の通 り道というわけではなく、精気を貯蔵しています。そういった意味で通 常の臓腑とは異なるものとして位置付けられています。
また、脳は別名「髄海」とも呼ばれ、骨の中にある「髄」が集まったものと考えられています。

現代医学における脳は、高度な中枢神経機能の活動、人の視覚、聴覚、嗅覚、感覚、思惟や記憶力などをコントロールしています。
中医学における脳は、このような生理、病理を、心、肝、腎に帰属させています。
思惟意識活動は心に、精神面については心・肝に、病理については、脳の発育不全や機能減退を腎に帰属させています。
このことから、脳の機能を維持するためには、心、肝、腎の働きが不可欠なの です。
そして、健忘においては、特に心、腎の治療が不可欠であります。

・心
心は、五臓の中でも、もっとも重要な臓器で、人体の生命活動の一切を統帥し主宰することから、「君主の官」とも呼ばれている臓器です。
心の機能は、先ほども述べた、脳の思惟意識活動の機能と、他に血液の循環をコントロールする機能をもちます。

中医学において気、血、津液が身体を構成している物質で構成されていること は、わかりやすい東洋医学理論でも説明されている通りですが、他にも、「精」と「神」という2つの生理活動に関係する物質があります。
心は、この「神」を蔵しており、この「神」が正常な思惟意識活動を維持しています。
「神」は、心の血により滋養されており、この心の血が不足することで、正常な思惟意識活動ができなくなります。

・腎
腎は五臓の一つで、生理機能としては、成長・発育・生殖・水液代謝を司る臓器です。
また、他にも「精」という生理活動に関係する物質を貯蔵する働きがあります。
この「精」により、骨中を流れる「髄」という物質を生み、この「髄」が集ま り、脳が形成されています。
つまり、腎が貯蔵する精(腎精)が不足することにより、脳が滋養されなくなり、脳の機能が減退し、正常な思惟意識活動ができなくなります。

このように、健忘症は「脳」「心」「腎」の生理作用が大きく関係します。
これを前提に健忘症の中医学的な治療についてまとめていきます。


◆中医学的な健忘症の治療

・心脾両虚による健忘
過度な思い悩み、過度な思考活動、肉体的疲労は、心血を消耗させます。
また、脾の機能も低下させ、血の生成不足により、心血そのものが不足します。
このような原因により、健忘症となるケースがあります。

 [思慮過度、労倦] ⇒ [陰血消耗] ⇒ [心脾両虚] ⇒ [心脳不足] ⇒ [健忘]

<随伴症状>
不眠・夢をよく見る:
心脾両虚により心血が足りない状態となると、神に影響し、精神状態の安定が保てなくなります。すると、不眠の症状が現れることがあります。

食欲不振:
脾の運化作用が低下することで、食物を気や血に変えて体全体に運ぶ作用が低下し、食欲が減退することがあります。

舌質痰・舌苔薄白:
心脾両虚により、気血が不足すると、舌自体の色は淡くなり、苔は薄くやや白い状態が見られます。

脈細弱:
脈は、血の不足により細くなり、気の不足により弱い状態となります。

<治法>
このような場合、脾の働きを高めて血の生成を促し、さらに心にも働きかけて心血を補う、補益心脾という治療を行います。


・腎精不足による健忘
房事過多や老化は、腎精を不足させ、結果、髄が減り脳を十分に栄養できなくなります。
このような原因により、健忘症となるケースがあります。

 [房事過多、老化] ⇒ [腎精消耗] ⇒ [腎精不足] ⇒ [心脳不足] ⇒ [健忘]

<随伴症状>

腰がだるく無力:
腎は腰の腑といわれ、腎精により腰部が滋養されています。腎精不足により、腰部が滋養されず、腰がだるく力が入らない状態になることがあります。

舌苔少:
腎精が不足すると、舌の苔は薄くやや白い状態が見られます。
舌自体の色については、腎精不足による陰陽の傾きにより変わってきます。
陰が不足している状態では、体内では熱が生じ、舌質紅となります。
逆に、陽が不足している状態では、体内の熱は減退し、舌質痰となります。

脈沈細:
腎精不足により、脈は細く、沈んだ状態となります。また、陰が不足している状態では、体内では熱が生じ、脈は早い状態となります。
逆に陽が不足している状態では、体内の熱が減退し、脈は遅い状態となります。

<治法>
このような場合、腎精を補い、さらに髄を補填するために、滋陰補腎という治療を行います。

いかがでしょう?
中医学的な健忘症の治療はご理解頂けましたでしょうか?
健忘症の場合、目には見えない原因であることも多く、このような場合は、現代医学とは違った視点で治療をするのも、有効な治療の手段であると考えます 。

中医学(東洋医学)全般(鍼灸・漢方・食事療法・体質改善)のご相談は、
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