T、治療者は問診に入る前に問診表と質問表に目を通します。
  問診表には以下のことが書かれてありました。

Dさん 男性 22歳 会社員 初診日7月30日
【主訴】
アトピー性皮膚炎
【経緯】
高校3年の時に発症し、一時的に症状は軽くなったが、最近になって悪化してきた。

 次に質問表を見てみると、
・ ストレスが多い
・ 便は軟便傾向・最近は下痢と便秘を繰り返すこともある
・ 食欲不振
・ 疲れやすい
 などにチェックがありました。

U、問診表に目を通し終えたら、患者さんに問診室へ入ってもらいます。
入り口から少し太めな物静かそうな青年が入ってまいりました。
顔にはアトピーの症状はでていないようです。
椅子に腰掛けてもらい改めて挨拶を交わしました。
―Dさんには「湿」によるアトピーの患者さん特有の体臭があるようです。

治療者は患者さんが問診室へ入って来た時から先ほど説明した
「望診」と「聞診」を開始しており、患者さんから発せられる多くの情報を既にキャッチしています。
具体的には体型・顔の肌の質感・体臭などチェックしています。

 さてここで、治療者が問診表に目を通してから、患者さんが問診室の椅子に腰掛けるまでにどの様な事を考えていたのか、頭の中を覗いてみましょう。

【1−1問診表】
 先ず問診表を見て患者さんの主訴が「アトピー性皮膚炎」であることを確認すると、中医学的にアトピー性皮膚炎にはどの様な種類があり、それらを引き起す原因にはどのようなものがあるのかを考えます。
 
 では、先ずアトピー性皮膚炎の種類を紹介しましょう。

@ 湿熱タイプ(湿熱内蘊)
  これは体内に余分な水分が溜まってしまい、それが熱化して発症します。
A 血虚タイプ(血虚生風)
  血が不足し皮膚を潤すことが出来なくなり発症します。
B 陰虚タイプ(陰虚内熱)
  血虚がさらに進展してしまった状態です。
C 血熱タイプ(血熱生風)
  熱が血へ入り込んで発症します。
D 陽虚タイプ(虚陽上浮)
  体を温める力が無くなり発症します。
{ 尚、詳しくは「アトピー性皮膚炎について」を参照して下さい。}

 では次に病因といって上記の状態を引き起こす代表的な原因を幾つか紹介しましょう。

@ 飲食不節
飲食不節には幾つかの種類がありますが、特にアトピー性皮膚炎の病因となるのは『肥甘厚味』『過食辛辣』『過度の飲酒』があります。
『肥甘厚味』とは、味の濃い物・甘いもの・脂っこい物、などの多食を言います。
『過食辛辣』とは辛い物の多食を言います。
これらは体内で余分な水分や熱を産んでしまい、湿熱や血熱タイプのアトピーの原因となります。

A 脾虚(脾のエネルギー不足)
脾は運化といって飲食物の消化吸収作用の中心を担っております。
したがって、脾虚になる消化吸収作用が低下してしまい、その結果体内に余分な水分が産まれ湿熱タイプのアトピーの原因になります。
又、飲食物の消化吸収作用が低下してしまうと気や血も作られなくなってしまい、気血の不足になります。その結果 、血虚タイプのアトピーの原因にもなります。

B 精神状態
中医学では病気の症状と精神状態の関係をとても重視いたします。
アトピー性皮膚炎も例外ではなく、例えば、思い悩過ぎは脾を損傷させてしまいますし、ストレスは肝を通 じてやはり脾を損傷させてしまいます。

B 外因
外因とは体外から体を襲う発病因子のこといいます。
中医学では外因を風・寒・湿・燥・火(熱)・暑、の6つに分類します。
{詳しくは「わかりやすい東洋医学理論」を参照してください}
特にこの中で風・湿・火(熱)がアトピー性皮膚炎と深い関係があります。

D 遺伝
虚弱な体質やアレルギー体質を両親のどちらかが持っている場合、お子さんはそれを受け継いでしまうケースが多々みられます。
虚弱な体質は脾気虚となりやすく、アレルギー体質は外因の影響を受けやすくなってしまいます。
又、遺伝とは直接関係ありませんが、妊娠中にお母さんが飲食不節をしてしまったり、精神状態が不安定であったりすると、その影響が胎児に及ぶことがあり、湿疹を持って出生してくる赤ちゃんもおります。

 アトピー性皮膚炎の分類と病因を簡単にまとめてみました。

 さて、中医学では一般的に病気を「虚証」「実証」「虚実挟雑証」の3つに大きく分類します。
「虚証」とは、もともと患者さんが病気の原因となるものと戦うエネルギーが不足していて、抵抗力が無く発病してしまうものをさします。
例えば、周りの人は気にもとめない、ちょっとした気候の変化でも体調を崩してしまうような方の病証が当てはまります。
「実証」とは「虚証」の逆で、病気の原因となるものの勢いが強く、抵抗力のある人でも発病してしまうものをさします。
例えば、普段から抵抗力のある方のインフルエンザなどの流行性感冒などへの感染があります。
「虚実挟雑証」とは「虚証」と「実証」が混ざっている病証を言います。
さて、「虚証」と「実証」では病因から病気の成り立ちや特徴に大きな違いがありますので「虚証」と「実証」の判別 はとても大事なことと同時に、その後の問診時間の短縮に繋がります。
ですから、問診の初段階では病因の追求と虚実の判別をしていきます。

 さて、もう一度問診表を見てみましょう。
問診表には主訴の他に経緯として次の事が書かれてありました。
{高校生3年の時に発症し、一時的に症状は軽くなっていたが、最近になって又悪化してきた。}
ここで気になるのは、
@ 何故高校時代に発症したのか?
A 一時的によくなったのは何故か?
B 最近になって症状が悪化してきたのは何故か?   という点です。

これらについては患者さんに詳しく質問しなくてはなりません。
患者さんは気付いていないかもしれませんが、症状に変化があるという事は、そこに病因が隠されていることが多くあるからなのです。

 次に質問表を見てみましょう。

【1−2質問表】
 質問表には、次の項目にチェックがありました。
@ストレスが多い。
A便は軟便傾向で最近は下痢と便秘を繰り返すこともある。
B食欲不振。
C 疲れやすい

 では個々をみてゆきましょう。

@ ストレスが多い
アトピー性皮膚炎の病因で説明しましたが、ストレスは肝を通して脾を損傷させます。
ですから、Dさんのアトピー性皮膚炎の病因にストレスが関与している可能性が考えられますので、問診で詳しく訊ねなくてはなりません。

A 便は軟便傾向、最近は下痢と便秘を繰り返すこともある
[軟便]については先ず外因を考えると、寒・湿・暑・熱がその病因になりますが、特に湿によるものが多いようです。
その他の病因としては、脾虚・飲食不節・ストレス・腎のエネルギー不足、などが考えられます。
次に[下痢と便秘を繰り返す]については、ストレスが肝臓を通じて脾を損傷して起こることが多いようです。
又、上記の情報を総合すると、Dさんのアトピーには肝と脾が関係している可能性が窺えます。

B 食欲不振
食欲不振は基本的には脾と胃の損傷によって起こります。

C 疲れやすい
これは「気虚」といってエネルギー不足の症状です。
臓腑的には、脾・胃・腎、などに損傷がある場合に多く現れます。

 質問表から得れる情報をまとめると、
A)Dさんは脾と肝が損傷を受けている可能性が窺えます。
B)ストレスの関与の可能性も考えられます。

治療者は以上のことを頭に浮かべながらDさんを問診室へと招き入れます。

【2−1入室〜着座】
患者さんが入室してきた時から「望診」と「聞診」が始まります。
ではDさんの場合はどうだったでしょうか?
先ず望診ですが、チェックポイントとしては、
 
 @顔には特にアトピーの症状は出ていない。
顔は体の中でも最上部です。自然界では熱は対流といって上部に上がります。
中医学は人間の身体も自然界の一部と考えますから、自然界の摂理は体内でも同様に起こると考えます。
ですから、熱による症状は比較的上部である顔や首などに発症しやすいと考えます。
逆に川の水は標高の高い所から低い所へ流れます。
これと同様に体内でも余分な水分は下部へ流れます。
ですから湿による症状は比較的下腹部や足などに発症しやすいとされております。
上記のことから、中医学の場合は湿疹などの発症部位なども細かくチェックしなければなりません。

  A体型はやや太め
体型も大事な情報源になります。
例えば、Dさんのように太めな方には、体質的に脾気虚などの気虚(エネルギー不足)や湿による影響を受けているかたが多く見受けられます。

 次に聞診ですが、Dさんの場合は少し体臭が気になりました。
中医学・現代医学ともに体臭のチェックは行っております。
しかし中医学と現代医学とは体臭チェックの観点は違います。
中医学では五行学説の分類に基づいて体臭のチェックを行います。
実際に今まで出合った患者さんの中で、湿による患者さんには、決まってある共通 した体臭があるのです。
Dさんの場合もこれと同じような体臭がありました。

 さて、治療者が問診表を見てから患者さんが着座するまでに、どの様なことを考えているかがおわかりになったと思います。

いよいよ、これから問診を開始してゆくわけですが、その前に今まで得た情報をまとめてみると、やはり脾の損傷が気になります。
又、湿とストレスの関与も考えられます。
ですから治療者は以上のことを頭に入れて問診を始めてゆきます。

V、病因についての問診
先ずはDさんのアトピー性皮膚炎の病因を探るために、発症当時・症状が軽くなった時期・症状が悪化してきた最近について詳しく訊ねたところ次の様な答えが返ってまいりました。

《発症当時について》
発症は高校3年生の9月だそうです。
Dさんに何か発症の原因があったかを質問しましたが、「特に思い当たる事はありません」とのこと。
又、この時期には病院には行かなかったそうです。

《症状が軽減した時期について》
症状が軽減したのは、大学受験が終わって、病院へ行き薬をだしてもらったところ直ぐに症状が軽減したそうです。
完治とはいかなかったが、在学中は比較的症状は落ち着いていた。
病院へは直ぐに症状が落ち着いたのでその後は行っていないとのこと。

《症状が悪化してきた最近について》
今年の6月の後半頃から症状が悪化してきた。
Dさんには症状悪化の原因に思い当たることは無いとの事です。

Dさんのアトピーの症状の変化の時期の概要が見えてきました。
先ず、発症したのは9月で、症状が再度悪化してきたのは最近ですから、症状の誘発素因は季節的なものではなさそうです。
次に気になるのは、症状が軽くなった時期と、高校から大学へ進学した時期が同時期であるということです。
次に最近になり症状が重くなっているわけですが、Dさん問診表の職業のところは会社員となっておりました。
そこで、大学を卒業した時期と入社した時期を訊ねたところ、今年の3月に卒業し、4月に入社したそうです。
つまり、症状が悪化したのは大学を卒業し、会社に入社して2ヶ月後ということになります。

 さて、今までの情報をまとめると、
高校3年生で発症 →→ 大学在籍中は症状軽減 →→ 入社して2ヶ月で症状悪化
となります。

上記のことから考えられる病因としては「生活の変化」が考えられます。
そこで更に、高校生活・大学生活・仕事、について更に詳しく訊ねてみると次のような答えが返ってきました。

《発症当時の高校生活について》
Dさんの通っていた高校は県内でも有名な進学校であったそうで、Dさんも大学受験を控え2年生に進級してから本格的に大学受験の勉強を始めたそうです。
当然3年の夏休みは受験生にとっては大事な時期なので、勉強一色で過ごしたそうです。
又、Dさんは家庭の事情から、浪人することは許されておらず大学受験は1発勝負で、志望校も家から通 える国立大学のみという強度のプレッシャーを受けていたそうです。

《大学生活について》
大学に入学してからはそれほど追い込んで勉強をすることはなく、成績は下の方ではあったが楽しい学生生活を送った。

《仕事について》
仕事については特に希望の職種があるわけではなく、又、就職戦争に巻き込まれることは避けたかったので、簡単に入れる会社に入社をしてしまった。
仕事の内容は営業職で、入社して未だに契約を交わせず上司にいつも怒られて ストレスとなっている。

 今回の問診により、症状の変化とDさんの生活の変化の関係性が見えてまいりました。
発症した高校3年生当時、Dさんはかなりのストレス受けていたことがわかりました。
今年の4月に就職したわけですが、仕事でもかなりのストレスを受けております。
Dさんの話からストレスの原因は上司からのお小言のようです。
Dさんは今年の4月入社ですから、入社直後からお小言を受けていたわけではないでしょう。
おそらく5月・6月からお小言を貰うようになったのではないでしょうか。
次に症状が軽減された大学時代ですが、この時期はストレスもあまり無かったようです。

今の段階だと、ストレスとアトピーの症状の変化は関係があるように思えますが、これだけでストレスが病因であると判断するわけにはいきません。
今はDさんの生活上の精神状況と症状を比較しただけなので、これから後は症状そのものについて詳しく問診をしていく必要があるのです。

 それでは、症状について問診をしてゆきましょう。
先ずは症状の性質から探ってゆきます。
症状の性質とは「病性」といい、先程説明した「虚・実」や、症状が熱性なのか寒性のものかなどを振り分けます。

W、病性についての問診
Dさんの現病歴を訊く場合は下記の3つの時期に分けて訊く必要があります。
@発症してから症状が軽減するまでの高校時代
A症状が軽かった大学時代
B 症状が悪化した現在
以上のように分けて病性についての問診をしたところ、高校時代と現在については同じ答えが返ってきましたので、先ずはそちらから紹介しましょう。

=高校時代と現在の問診の答え=
症状は急激に現れた・強い痒みがあった・患部は淡い紅色・熱感もある。

=大学時代について問診の答え=
痒みについては高校時代や現在に比べると軽かったが、たまに、短期間ではあるが急に痒くなることもあった。
患部については、その当時も紅色ではあったが、高校時代や現在よりは薄い感じではあった。又、痒みと同様に患部の色にも変化はあった。
熱感については殆んど無かったが、やはりたまに急に熱感があることもあった。

以上が病性についての問診の答えになります。

 それでは先ず「虚実」の判別から説明してゆきましょう。
実証の症状の特徴は、症状の変化が急・強い痒み、でありますので、高校時代や現在のアトピーについては、実証の症状の可能性が高いと言えます。

虚証の特徴は、慢性あるいは反復性・症状の変化が緩慢・痒みは比較的軽い、でありますので。
大学時代のアトピーについては、基本的には「虚証」で、何かの原因により実証の症状が発症するようですので、その時に関しては「虚実挟雑証」の可能性が高いと言えます。

次に「寒熱」の判別を説明しましょう。
熱症状の特徴は、患部が紅色である・患部に熱感がある。
Dさんの場合は、常に熱症状の特徴がみられますので、「熱症状のアトピー」と言っていいでしょう。

さてここで気になるのは、大学時代にたまにではありますが、短期間急激に患部の色・痒み・熱感に変化が見られます。
これについて質問してみることにより、Dさんのアトピーの病因を知るヒントになるかもしれません。

X、大学時代の症状の変化の誘発素因について
大学時代の症状の変化について訊ねたところ次のような答えが返ってまいりました。
@ 痒み・患部の色・熱感、については、同時に同じタイミングで悪化する。
A 悪化する時期は定期試験の前であった。
B Dさんは勉強をそれ程まじめにしていた方ではないので、試験の前になると、友人からノートなどを借りて試験勉強をした。
本人曰くかなり試験勉強は辛かったとのこと。

 以上のことから、大学時代に症状を悪化させた原因も、発症原因や現在の症状悪化の原因と同じく、ストレスによるものの可能性が高いと言えます。

 さてここで、問診を始めてから得た情報を整理してみましょう。
先ず、病因についてはストレスの可能性が高いようです。
次に病性については高校時代と現在は「実証」で大学時代は「虚証」と「実証」の両方の可能性があるようです。
ところで先程問診表の解説のところで、「虚・実」の説明と、アトピーのタイプの分類を紹介いたしましたが、タイプの分類は下記の様に虚実によって分けることができます。

「虚証」に含まれるタイプとしては、
「血虚」「陰虚」「陽虚」「脾虚湿盛」タイプのアトピーがあります。
「実証」に含まれるタイプとしては、
「血熱」「湿熱」「オ血」タイプのアトピーがあります。
「虚実挟雑証」にふくまれるタイプは
「脾虚湿盛」タイプのアトピーがあります。

つまり、Dさんの高校時代と現在のアトピーは「血熱」「湿熱」「オ血」のどれかのタイプか又は混ざっている可能性が高く、大学時代は「血虚」「陰虚」「陽虚」「脾虚湿盛」のタイプか、やはりこれらが混ざり合っている可能性が高いといえます。

次の問診ではDさんのアトピーがどのタイプになるのかを判断します。

 


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