<はじめに>
 中国医学は、およそ3000年前に中国文明の発祥とともに生まれ、発展してきた伝統医学の一つです。このころは、近代で使われているような検査機器はなかったため、治療者自身の感覚を通 してのみ、患者の身体が発する訴えを察知してきました。そして身体にあらわれた様々な病気や症状を細かく、色々な角度から観察し、治療方法を生み出し、発展させてきた経験による医学なのです。それは、精密な検査機器が発達した今もなお繰り返し実践が積まれ、発展し、伝承され続けています。

○中医学における健康の概念
 中医学では、万人に当てはまる正常値という概念がありません。人も自然の一部であるとする観点からみると、季節の変化を受けて、体も変化していくことは自然なことなのです。そのため年間を通 して、体の状態が一定であるということは考えられず、生活環境や年齢の違いなどにより、バランスの取れた「良い状態」は、人それぞれで異なります。
 健康状態の決め手は、免疫力や抵抗力の源とされる「正気」の充実になります。それは、「気」「血」「水」が充分にめぐっていること、「五臓六腑」の働きが順調であること、「陰陽」のバランスがとれていることが重要な条件になります。

○中医学でとらえる体のしくみ
 体全体の活動源である「気」、体内の各組織に栄養を与える「血」、血液以外の体液で体を潤してくれる「水」、これらの3つが体内に十分な量 で、スムーズに流れていることにより、体の正常な状態が保たれます。
もし、これらのひとつでも流れが停滞してしまったり、不足してしまったりするとからだに変調をきたし、様々な症状がでてきます。さらにこの状態を放置し、慢性化してしまうとお互い(気・血・水)に影響が及び症状が悪化してきてしまうのです。
 この「気・血・水」は、「五臓六腑」によって作られたあと、「経絡」という(エネルギーを通 る)ルートを通って、全身に運ばれその働きを発揮します。

それではここから、どのような診察方法で体の中の状態を把握し治療へと結びつけていくのか、実際の臨床ではどのようなかたちで活用されているのか、今回は不妊症を例にご説明していきたいと思います。

中医学の治療では、先ず「弁証」を立てていきます。
「弁証」とは、病気の原因、部位、性質など、各段階における病気のタイプを見分けることをいいます。病気の進行にしたがって、各段階のタイプが変化し、治療もそれに応じて変化していきます。その時その時の体の状態をしっかり把握し、見極め、治療もそれにあったものにしていかなくてはいけないのです。ですので、同じ薬を長期間飲み続けている方で、症状が改善しない場合は、その薬が現在の自分の体の状態にあっているのか再確認する必要があります。
 「弁証」が立てられたら、それに基づいて治療方針を決め、治療方針が決まったら、それを基に使用するツボを決めていきます。
その「弁証」を立てる手段が『四診』と言われ、現代医学でいう検査と同様のものです。
『四診』とは「望診」「問診」「切診」「聞診」の総称になります。

〜四診〜

@ 望診
望診は、患者さんの様子を、目でみて情報を確かめる方法です。患者さんがドアを開けて診察室に入ってきたときから、歩き方や姿勢におかしいところはないか、顔色はどうかなどを観察します。この段階で、すでに望診が始まっています。そのほか舌の色や舌の表面 についている苔(舌苔)の状態を見ることも重要な観察のポイントになります。
顔の色つやの変化をみて、エネルギーの充実度合い、体の中が冷えているのか熱しているのか、五臓の働きの失調ぐあいなどが反映されます。
舌の状態からは、気血の状態が、舌苔からは発病因子である「病邪(邪気)」の性質や深さなどがわかります。健康な人の舌はピンク色で、舌苔は白色のものがうっすらとある程度です。舌の色が白っぽい場合は、体の中が冷えている状態、赤く黄色っぽい場合は熱がある状態をあらわしています。
そのほか、ぼてっと肥大した状態はエネルギー不足を、舌の表面にできる亀裂は血不足でみられます。舌は体の状態に合わせて日々変わります。
またカレーやコーヒーなどの飲食物で、舌の表面が着色されますのでそういう時は注意が必要になります。

A 聞診
聞診は、耳で聞き、鼻でにおいをかいで診察する方法です。
まず、声に力があるかどうか、呼吸はスムーズか、咳がある場合はどのような音の咳か、耳で聞いてチェックしていきます。
声が弱々しく、途切れがちだったりする場合は「気」の不足が考えられ、ため息が多いときは気滞(気の流れがうっ滞している状態)が考えられます。
さらに鼻で体臭や口臭などを嗅ぎます。口臭が強い場合は「胃」に熱がこもっていることが疑われます。

B 問診
問診では、病気を引き起こした原因や主な訴えに対する病気の経緯を探るため、一見病巣とは関係なさそうな部位 のことまで問診していきます。
なぜなら病気とは、ある日突然あらわれるといったものではなく、普段の食事や生活習慣を含めさまざまな原因が積み重なって徐々に形成されていくものだからです。
主な問診事項は、精神状態、生活習慣、食欲の有無、味に対する好みなどの食生活、便通 の状態、尿の状態、睡眠状態、汗のかきやすさ、喫煙や飲酒量、女性の場合は月経の状況や基礎体温について詳しく聞きだしていきます。

C 切診
患者さんの体にふれて診察する方法です。現代医学でいう触診のことをさします。主に、脈を調べる「脈診」があります。
脈診では、発病因子である「病邪(邪気)」をはじめ、「気」「血」「水」の異常をみることができます。また、五臓の状態も、両手で押さえた指の位 置とそれぞれ関係しているため、どの臓腑で異常が起こっているのかを把握することができます。

これらの四診から得られた情報を総合的に分析して、弁証をたてていきます。
四診を通して、弁証(病気のタイプ)をたてていく流れは以下のようになります。

〜弁証の手順〜

@病因:「病気を引き起こす原因」または「誘発させる因子」のことをいいます。
中医学の治療は、最終的には病因に対応する治療ですから、病因の確定は大変重要な事項になります。

<中医学で考えられている病気の原因となるもの>
  外部から体を障害する「外感」と体内から異常を起こす「内傷」とに大別 されます。
  *外感には・・ 気候の異常な変化である「六淫」(風・寒・湿・暑・火・燥)、外傷、寄生虫などがあります。

「六淫」は季節と関係深く、春(風)、夏(暑・火)梅雨(湿)、秋(燥)、
冬(寒)の特徴がみられ、これらの気候に異常がみられると体へも影響が及び、体調を崩しやすくなります。
しかし、影響を受けるかは、人によって(体質など)異なります。

  *内傷には・・ 過度な感情の乱れである「七情」(喜・怒・悲と憂・思・恐・驚)
食事の不摂生である「飲食不節」、過労とその反対の運動不足を含めた「労逸」があります。

余談ですが・・・
私たちが普段生活をしている環境や社会環境の中に、病気になる因子がたくさん潜んでいるのが、お分かりになると思います。
そのため東洋医学では、日頃から、自分の体質に合ったものをバランスよく食べ、適度な睡眠、運動、落ち着いた心を保つことが、疾病を予防する鍵であり、「養生法」に繋がると考えています。とてもシンプルなことですが、日々実践となると難しいものです。
しかし、心がけひとつでも変わってきます。病気になる前に、また病気に打ち勝てるよう、根気良く続けて実践してみましょう。

A病性:病の性質のことをいいます。
・寒証(冷えのタイプ)か熱証(熱のタイプ)
  例) 寒証は、夏のクーラーや冬の寒さで誘発され、熱証は、夏の暑さや食べ物の性質が熱性に偏ったものを多く摂取して起こりやすくなります。
・虚証(体のパワー不足によって病邪の勢いはそんなに強くないが病気になってしまう)
・実証(体のパワーは充分あるが、病邪の勢いが強いため病気になってしまう)
  例) 虚証は、体が疲れやすく、風邪をひきやすい場合など。
実証は、普段元気な人でも、感染力の強いウィルス性の風邪が流行して、罹ってしまう場合など。

B病位: 病気の部位を確定することです。
  病邪が臓腑、経絡(エネルギーを通る道)、体の表面 なのか内側なのか、上、中、下部の、どの部位に存在するのかを見極めます。

C病状: 病の軽重度を弁別します。
  2種類以上の病気があるとき、虚証と実証が合わさっているときなどは、その軽重度を弁別 します。治療の比重も異なってくるので、重要な意味を持ちます。

D病勢: @ 病が悪化するのか、快方に向かうのかという病の発展傾向
  A 人が持っているパワー(正気)と病邪の闘いによって現れる、体の中のエネルギーの動向、バランス具合などをみていきます。

E病機: 病を引き起こしたメカニズム、その病がなぜ発生し、どう発展、転化するのかを解明することです。
この病機をしっかり把握すると、弁証の結論がでてくるのです。

それでは、症例をもとに、どのように活用していくのかを見ていきたいと思います。
(中医学的な不妊症の捉え方・タイプ、タイプ別養生法などの詳しい説明は、当院のHP上「よくわかる東洋医学理論」に記載してあります。そちらをご参照ください。)

 
 患者:○○ ○○ 女性  31歳
 初診日:1998年2月17日
 主訴:結婚して3年余り、まだ妊娠していない。
 現病歴:結婚をして3年、夫婦同居だがまだ妊娠しない。

子どもが欲しいので婦人科の診療を受けた。
検査では、子宮内膜の成熟度が遅延しており、基礎体温は2相性を示すものの、月経周期19〜20日目ころにようやく高温相になり、黄体機能不全であることがわかった。2年間ホルモン療法で治療をしたが妊娠できない。その後3回の人工授精を試みたが、失敗した。

望診:痩せ型・顔色は白っぽい
問診:日頃から腰が重だるく、手足が冷えやすい。尿は透明で量が多く、夜間にも1〜2回トイレへいく。大便はゆるいほうである。
脈診:遅・細・無力
舌診 色:淡  苔:薄白
月経状態:初潮は15歳
・月経周期:やや遅れぎみで30〜32日型 ・期間:5〜6日間
・経血量:少なめ ・月経色:淡い ・質:希薄
・月経前に伴う不快な症状:月経前になると下腹部が痛くなり、温めると楽になる、腰がだるくなる
・おりもの:白く、量は少ない

基礎体温の状態:高温期の体温が低く、11日間と短い。

弁証:腎陽虚、気血両虚
治則(治療方針):温補腎陽、補気養血

【症例の分析および解説】
分析をする前に、弁証で出てきました「腎陽虚」の(中医学で考える)腎の働きについて少し説明したいと思います。
「腎」は、生命力の源、子宮または生殖器・発育・成長関係と深く関わります。
腎のエネルギーは、両親から授かったもの(精気)であり、体全体のパワーを貯蔵してある大事な臓器になります。
エネルギーが少なく足りなかったりすると、成長が遅い(初潮が遅い)、免疫力が弱い、小柄などの状態があらわれます。
症状としては、腰や膝がだるくなり、足に力が入らなくなる、頻尿傾向になる(特に夜間尿)、耳鳴りや難聴、物忘れが多くなる、早く老いやすくなる、白髪が多くあるなど。

この症例を全体的にみますと、上記に書きました「腎」のエネルギー不足による症状が数多くみられます。以下に、現れている症状を当てはめていきたいと思います。

<腎のエネルギー不足により見られる症状>
初潮年齢が15歳と遅めである、子宮内膜の成熟度が遅延している、日頃から腰がだるくなる、頻尿で夜間にも1〜2回いく、月経前に伴う不快な症状として、月経前になると下腹部が痛くなる(下腹部は子宮の位 置するところ)

<陽虚(体を温める力が不足していること)により見られる症状>
陽気の不足=気がさらに不足してしまった状態をいいます。
手足が冷えやすい、尿は透明で量が多い、大便はゆるいほうである、月経前に伴う不快な症状として下腹部痛は温めると楽になる、舌の色が淡く、苔は薄白、脈が遅く無力
 ⇒陽気不足のため、流れが緩慢になり、力の無い脈がみられる。
基礎体温の状態として、高温期の体温が低く、11日間と短い
 ⇒陽気の不足により高温の状態を保持することが出来ないために起こる
月経状態の症状については、体を温める力が低下しているために現れているものです
 ⇒陽気不足になると、臓腑の働きに影響を与えるため血もうまく生産されなくなってしまいます。そのため、子宮の中の血は月経期になっても充足できず、月経が遅れます。症例の経量 が少なく、色は淡い、質は希薄なのは、陽気不足によって子宮の血を充足できていないことを示しています。

<気血両虚は、腎陽虚によって、二次的にみられる症状になります>
体の機能が低下しているために、気血をうまく作ることが出来ないのです。

治療方針は、腎の温める力を増す治療を主に、気と血を補う治療を補助的にしていきます。

弁証の手順の流れで見ていきますと・・・・
@ 病因: 初潮年齢が15歳と遅めであり、子宮内膜の成熟度が遅延していることから、生まれつきパワー不足の徴候が見られる。
A 病性: 冷え症状がみられるので、「寒証」。
体のパワー不足が考えられるので、「虚証」。
B 病位: 臓腑の「腎」にある。場所は下部になる。
C 病状: 気血両虚は、腎陽虚によって、二次的にみられる症状になるため、治療のメインとしては、腎の温める力を増す方に重きをおきます。
D 病勢: この状態のまま治療せずにいくと、冷えの症状がさらに悪化し、機能的にも働きが弱くなってきます。
E 病機: 先天的に虚弱体質であり、パワー不足があり、その体の状態が現在に至るまで続き、冷えの症状をまねいてしまった。さらに、3度の人工授精などにより体力を消耗してしまった。

このようなかたちの流れになります。

「不妊症」の問診で、重要事項は以下のようになります。
@ 結婚歴について
A 過去の妊娠の有無について
B 器質的及び機能的な問題について⇒検査結果
C 夫の精子検査、性機能について⇒検査結果
D 月経状態、基礎体温表(持参)について
これに、日常生活について(食生活、睡眠状態、精神状態、便や尿の状態など)の問診が加わり、「現在の体質」を詳しく把握していきます。

<この症例の人工授精について・・>
 この患者さんは、2年間ホルモン療法を受けたにも関わらず、妊娠できず、3度の人工授精にも失敗してしまったのは、いったいなぜでしょうか・・・。
 それは、このケースを見てお分かりのように、冷え症状が多く見られ、体全体の機能が低下しています。これでは、妊娠することはもとより、良い卵さえも作り出すことができません。排卵を促したり、卵子を大きくするためのホルモン剤、人工授精、体外受精などは、あくまでも人工的に体を作り上げている状態に過ぎず、自分自身の力で調えられているわけではありません。そのために、今回のような3度の人工授精の失敗をまねいてしまったのです。
体全体のパワーが充分にあり、体内の環境がバランスよく調えられてはじめて、「良い卵が作られる→受精→着床→子どもを10ヶ月間、養い育てていくことができる」のです。
(流産の場合は子どもを産むのと同じくらい、体力や血を消耗し、負担がかかります。)

 すでに不妊治療を受けられている方、またこれから受けようと考えられている方は、体内環境を調えることの大切さを充分にご理解いただけたらと思います。

<最後に・・・>
 症例を通して、中医学的な考えに基づいた診察方法をみてきましたが、少しご理解していただけましたでしょうか。
同じ不妊症でも、人によって現れる症状は個々それぞれです。今回のような腎陽虚タイプでも、症状の軽重度はさまざまです。それは、体質の違い、生活環境(食生活など)の違い、精神的ストレスを受ける許容量 の違いなどが複雑に絡み合っているからなのです。私たちは(四診などのほかに)、そうした目には見えない状態を考慮しながら、問診を勧め、その人その人にあった治療をし、適切なアドバイスをしていかなければならないのです。
なぜなら、患者さん自身も気づいていない体や心の状態を、問診を通 して自覚してもらい、日々の日常生活で意識をして、改善していくことにより、症状の悪化を防ぐことができるからです。わたしたち治療者側は、患者さんが本来持っている治癒力を引き出すお手伝いをし、最終的には患者さん自身が自然に病気を治していくのです。
双方の協調性がとれたとき、自ずと良い治療結果へと結びついていくことができるのです。
そして問診は、診察以外に、患者さんとの信頼関係をつくる時間でもあるのです。

 


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