V、先ずはA子さんが「突発性難聴」になってしまった原因を探る為に、寝不足・ストレス・発症してからの3週間での症状の変化について質問してみたところ、次のような答えが返ってまいりました。

@6ヶ月前に第一子を出産し、夜泣きが酷く睡眠不足になっている。
Aストレスは育児によるストレスが殆んどである。
B発症してから3週間で、たまに調子のいい時もあるがイライラすると症状が悪くなる。

W、次に育児・家庭環境・本人の性格、について質問したところ次のような答えが返ってきました。
子育てについては、出産前から色々な本を読んで勉強をしていたが、実際に育ててみると本の通 りにはいかず、自分は母親として失格などと考えてしまい落ち込んだりイライラしたりする。
ご主人は現在単身赴任中で、お互いの両親も遠方に住んでいるため、子育てはA子さんが全て一人でしている状態。
性格は友人からよく「細かい」「完璧主義」と言われる。

X、次に発症する前に耳について何か症状があったか質問してみたところ次の答えが返ってきました。
発症する少し前から「キーン」という高い耳鳴りと、耳の周りに張ったような感じがあった。
これらの症状は出産前にはなかった。

?、次にその他の「突発性難聴」の原因について質問してみたところ次の答えが返ってきました。
@ 偏食はなく、食事の量や栄養はバランスよく摂るように注意している。
B 過去に重い病気や長患いの経験は無い。
C 出産後、性行為等は行っていない。
D 特に過労ということは無い。

?、質問表にあった症状について詳しく質問したところ、次の様な答えが返ってまいりました。
@ 頭痛については、イライラしたり、怒ると側頭部が張った様に痛む。
A めまいについても頭痛と同様にイライラすると起こる。
B 食欲については以前は普通であったが、最近になって食欲が無くなった。
C 便秘傾向については、子供の頃から便秘がちで試験の前などによく便秘をした。
便意はあるが排便できない。便自体は細くはない。
D 食欲不振以外の症状は出産前からあった。

?、最後に随伴症状について質問をしたところ、患者さんからは次のような答えが返ってきました。
口が苦いことがある・咽が渇き、冷たい物が飲みたくなる・胸の脇が張る感じがする。
疲れやすくは無い・むくみも無い・手足のだるさもない・痰も無い。
膝や腰もだるくない・小水の回数も普通・性機能低下も無い。
動悸・不眠・健忘・息切れ・風邪をひきやすいこともない。

 以上が今回の問診の患者さんの答えです。

?、最後に舌診と脈診をしました。
舌は紅く、裂紋といって舌の中央に亀裂の様なスジがあり、脈は弦を弾く様に触れ、速い。

 では、患者さんの答えや、脈・舌から、治療者がどの様に弁証を立てるのか又、治療者の頭の中を覗いてみましょう。

【3−1寝不足・ストレス・発症してからの3週間での症状の変化・性格についての問診】
寝不足の原因はお子さんの夜泣きによるものでした。また、ストレスの原因は育児によるものとの事です。
夜泣きによる睡眠不足は新たににストレスを生むでしょうし、A子さんは育児によるストレスをかなり受けていると考えられます。
又、ストレスとA子さんの「突発性難聴」は関係があるようです。
その事を表わしている答えが、[イライラすると症状が悪くなる。]になります。
育児についてのストレスは、子育て中のお母さんなら誰でも抱えております。
しかし、その度合いは家庭環境や個人の資質により、かなりの違いがあります。

 そこでA子さんがどれだけストレスの影響を受けやすいのかを探る質問を次にしてみました。

【3−2育児についてと家庭環境についての問診】
出産前に子育ての本を色々読んでいることから、A子さんは子育てへの関心は高い方のようです。
おそらく彼女は出産前に、子育てについて理想的なイメージを作り上げていたのだと思います。
しかし、現実には本のようにはいきません。普通の方なら現実を受けとめるのですが、完璧主義のA子さんはそれが許せず、ストレスへと変わっていってしまったのでしょう。
又、ご主人様は単身赴任・ご両親は遠方で暮らしているため、毎日理想と現実のギャップに1人で戦っていたことは容易に想像できます。
これでは大きなストレスがA子さんにのしかかってきてしまいます。

 次に、実際にストレスが「突発性難聴」の発病になったのかを確認する質問をしてみました。

【3−3発症する前の耳の症状についての問診】
発症する少し前から「キーン」という高い耳鳴りと、耳の周りに張ったような感じがあった。
A子さんは上記の様に答えています。
この症状はストレスが原因であることの可能性を高めてくれる答えになります。
耳鳴りには「ジー」といったセミの鳴くような低音のものと、「キーン」という高音のものの2種類があります。
「ジー」といった低音のものは、老化などによる「腎」に関わる耳鳴りのケースが多く、「キーン」といった高音のものは、ストレスなどによって「気」の滞りが起こり、「肝」に関わりのあるケースが多く発症いたします。
中医学では強いストレスを受けたり、長期間にわたりストレスにさらされると、「気」が滞ってしまいます。又、ストレスによって損傷を受けやすい臓器が「肝」であります。
更に、表裏関係といい「肝」と「胆」は深く関係をしております。
ですから、「肝」が損傷を受けると「胆」に影響がでることがよくあります。
側頭部や耳の周りには「胆」と関係がある経絡が通っております。
経絡とは気血の流れる通路ですから、ストレスによって「肝」が損傷を受けたことにより、「胆」の経絡で気の滞りが生じることもよくあります。
その結果、耳の周りに張ったような感じを受けることがあります。
A子さんも「突発性難聴」を発症する前に、耳の回りに張ったような感じや高音の耳鳴りを経験しております。
これらは何を意味するかと言うと、育児によるストレスにさらされた結果 、「胆」の経絡で「気」の流れに滞りが起こり張ったような感じや耳鳴りをもたらしました。
更にストレスは軽減されず、そのままストレスにさらされたことにより「突発性難聴」を発症させた可能性が高いということです。

さらにA子さんは「これらの症状は出産前にはなかった。」と言っております。
これは、これらのストレスが出産後にA子さんを襲ったことの可能性をしめしております。
具体的には育児によるストレスと考えていいでしょう。
ここまで問診が進むとストレスによる「突発性難聴」の可能性が高くなってまいりました。
しかし、これだけで病気の原因を決定してはいけません。
次にその他の「突発性難聴」の原因となる事柄について質問をしてみます。

【3−4その他の「突発性難聴」の原因となる事柄についての問診】
ストレス以外の原因について問診をしたところ、全ての事柄は関係ないことがわかりました。
これでストレス以外の病気の原因が否定されましたので、A子さんの「突発性難聴」の原因がストレスであると断定できました。

中医学では、過度や長時間にストレスにさらされると、「肝」が損傷を受けます。
次に「肝」の影響が現れるのが「脾・胃」に多いとも考えます。
ですから、これ以降は、A子さんは「肝」や「脾・胃」を損傷されている可能性があることを頭に置いて問診を行わなければなりません。

 では、次にA子さんの体質についても質問してみましょう。
この質問では、A子さんの体質を把握する目的と病気の原因である「ストレス」の裏付けをしてゆきます。

【3−5質問表にあった症状についての問診】
@ 便秘傾向については、ウサギの糞みたいにコロコロして乾燥している。細くはない。
子供の頃から便秘がちで試験の前などによく便秘をした。
A 頭痛については、イライラしたり、怒ると側頭部が張った様に痛む。
B めまいについても頭痛と同様にイライラしたり怒ったりすると起こる。
C 食欲については以前は普通であったが、最近になって食欲が無くなった。
食欲不振以外の症状は出産前からあった。

これらの症状をみる場合に先ず注意しなければならない事の1つが、これらの症状が患者さんの体質に由来するものか、それとも現症状に由来するものかを判別 しなくてはなりません。
今回注目すべきところは、A子さんの現症状が出産以降に発症しているという点です。
随伴症状を見てみると、「頭痛」「めまい」「便秘傾向」は出産以前から起きております。
これはこれらの症状はA子さんの体質に由来するものと考えられます。
これに対して「食欲不振」は出産後に発症しておりますので、現症状に由来する可能性が高いと言えます。
 
 では、それぞれを見てみましょう。

「頭痛」
A子さんの頭痛の特徴は側頭部に張ったような痛みがあることです。
これは言い換えれば、ストレスによる気が滞っておこる頭痛の特徴とも言えます。
〈3−3〉の耳の周りの張り感の説明を思い出して下さい。側頭部の張痛もこれと同じ機序によるものであります。
つまり、ストレスにさらされる事により「肝」が損傷され、「肝」と表裏関係のある「胆」の経絡に気の滞りが起こります。
胆の経絡は側頭部を通りますので、側頭部に張ったような痛みが現れます。
ですから、イライラしたり、怒ると側頭部が張った様に痛むのです。

「めまい」
めまいが起こる原因も様々です。例えば、「脾」に損傷があると気血が作られなくなり「めまい」が生じます。
又「腎」に損傷があってもエネルギー不足が起こり「めまい」が起こります。
では、A子さんの場合はどうでしょう。
ヒントはイライラしたり怒ったりすると発症する点です。
A子さんの「めまい」は、ストレスより「肝」が損傷を受け、肝の気が滞ることにより熱が産まれ、その熱の影響で「めまい」が生じております。

「便秘」
便秘を起す原因には、エネルギー不足(気虚)・ストレス・冷え・熱など様々です。
熱による便秘は辛い物の食べ過ぎで起こります。先程の問診でA子さんは食べ物には 気をつけていると言っておられました。
A子さんの性格等を考慮しても、かなり気を付けていると思われますので、辛い物の食べ過ぎによる便秘は否定できると思います。
次に冷えによる便秘は、老人や虚弱体質の方で身体を温めるエネルギーの無い、「虚症」タイプの方に多く、A子さんには当てはまりません。
さて、A子さんは「便意はあるが排便できない」と言っておられます。
これは、「気虚」や「ストレス」による便秘の特徴です。更に、便は細くないそうです。
細い便は「気虚」による便秘の特徴ですし、やはり「気虚」の便秘は虚症のタイプの方に多くみられます。
次にA子さんは「子供の頃から便秘がちで試験の前などによく便秘をした。」とも言っております。
これは、試験というストレスにより便秘が起きていたと考えられます。
以上を総合するとA子さん便秘はやはり「ストレス」によるものと考えてもよいでしょう。

A子さんの、「頭痛」「めまい」「便秘」をみてみると、ストレスの影響をかなり受けているのは明らかです。
このことはA子さんの体質がストレスを産みやすかったり、ストレスの影響を受けやすいということを表わしています。
次に「食欲不振」についてですが、これは出産後から現れた症状ですから、現症状に由来する可能性が高いわけです。
「食欲不振」と関係が深い臓腑は「脾」「胃」「肝」があります。
一般的に食欲不振は「脾」「胃」の損傷が起きた場合に多くみられます。
又、「肝」の働きの1つに疏泄があり、「気の流れ・消化・精神安定」などを促進させております。
「肝」が損傷を受けることにより、疏泄作用の低下が起こり、食欲不振が起こることもあります。
五行説では「肝」は『木』に属し、「脾・胃」は『土』に属します。
木は土から養分から奪う関係ですので、「肝」が損傷を受けると続いて「脾」が損傷を受けることがよくあります。
(現代医学でいう、「過敏性大腸炎」などがこれに当たります)
今の段階では、A子さんの場合、ストレスにより「肝」が損傷し、続いて「脾」にも影響が及んだ可能性もありますし、「肝」だけの可能性の両方あります。

そこで、次にどの臓腑が損傷を起しているのかを判断し、最終的な弁証を立てます。

【3−6随伴症状についての問診】
随伴症状について質問したところ、
口が苦い・咽が渇き、冷たい物が飲みたくなる・胸の脇が張る感じがする。
むくみも無い・手足のだるさもない・痰も無い。
膝や腰もだるくない・小水の回数も普通・性機能低下も無い。
動悸・不眠・健忘・息切れ・風邪をひきやすいこともない。
との回答でした。

 では、それぞれを見てゆきましょう。

[口が苦い・胸の脇が張る]
以上の症状は、「肝」が損傷されて、「気」が滞った症状です。
先程も述べましたが、「肝」と「胆」は表裏関係にあり、お互い影響を受けております。
「肝」が損傷を受け「胆」に影響が及ぼすと、口が苦くなったりします。
又、「肝」と関係のある経絡は胸の脇を通ります。ですから、「肝」の気が滞ると胸部に張った感じを受けます。

[咽が渇き、冷たい物が飲みたくなる]
咽の渇きは体内に熱があることを意味します。
中医学では熱を「虚熱」と「実熱」に2分します。
『虚熱』とは何らかの原因で体内の水分などが損耗してしまい、冷却効果 が低下してしまい熱症状がある状態です。
特徴は「のぼせ」「寝汗」「頬が赤らむ」などがあります。
A子さんには「のぼせ」「寝汗」はありません。
又、「望診」で述べましたが、顔自体は赤味を帯びているのですが、頬だけが赤いわけではありません。
『実熱』とは体内に何らかの熱源ある熱症状の総称です。
大きな特徴は水分を欲します。A子さんは「冷たい物が飲みたくなる」と言っておりますので、「実熱」と判断できます。
イライラや怒りによって、気が滞ると次に熱化し、それが熱源となって実熱を起します。
「望診」でチェックした「目が充血している」・「顔に赤味がある」といった症状は上記の機序から現れます。
以上の答えから明らかにストレスにより「肝」が損傷され、「気」の滞りが起きているといえます。

[むくみも無い・手足のだるさもない・痰も無い]
以上の質問は「脾」についての問診です。
A子さんには「食欲不振」がありましたので、「脾」については念入りにチェックが必要になります。
「脾」の損傷を表わす代表的な症状に「軟便」がありますが、A子さんは便秘傾向ですから、あえて問診で「軟便」は確認する必要はありません。
A子さんには、軟便・むくみ・手足のだるさ・痰、などの「脾」の症状はありません。
更に、「脾」を損傷させる原因である、偏食・長患い・過労ということは無い。
以上のことから、「脾」はまだ損傷されていないと考えていいと思います。
「食欲不振」については、今の段階では先程説明した「肝」の疏泄作用の失調によるものと考えてよいでしょう。
一般的にストレスなどを受けると、食欲が増す方と食欲不振を起す方がおります。
A子さんの場合は後者であったのでしょう。
このように、ストレスなどを受けて食欲不振を起した方全てに、「脾」の損傷があるとは限りません。
しかし、このまま治療をしないで放置していると、「脾」に損傷が及ぶことは十分に考えられます。
又、神経質な性格というのも「脾」を損傷させる原因の1つになりますが、同時に「肝」を損傷させる原因でもあります。
一般的に「脾」が損傷するとエネルギーが作られなくなるので、「虚証」の症状が現れますが、A子さんの場合は「脾」の症状が無く、殆んどが「実証」の症状です。
又、「食欲不振」や「神経質な性格」は「肝」とも関係がありますので、A子さんの場合はこれらは「肝」との係わり合いの方が強いと言えます。
以上の事からも「脾」の損傷は無いと判断できます。

このように、確実に注意深く問診を行うことで、損傷を受けている臓腑を見つけ出してゆくのです。
よく、たった一つの症状を聞いただけで、「○○の臓器が虚しています。」などと言う自称「東洋医学の治療家」がおりますが、決してそのように簡単に損傷が起きている臓腑がわかるものではありません。

[膝や腰もだるくない・小水の回数も普通・健忘・性機能低下も無い]
上記の質問は「腎」についての問診ですが、A子さんはこれらの症状もありませんし、年齢などを考慮しても「腎」の損傷は無いといえます。

[動悸・不眠・健忘・息切れ・風邪をひきやすいこともない]
これらの質問は「肺」と「心」についての問診です。
両臓器とも症状がありませんので、「肺」も「心」も損傷は無いと判断します。
尚、「肺」と「心」については、それ程深く「突発性難聴」には関係しませんので、問診時間の短縮の為に深くは質問しませんでした。

以上が臓腑についての問診になります。

以上の事から損傷を受けているのは「肝」だけと判断できました。

次に、舌と脈をみてみましょう。
A子さんの舌は紅く、裂紋がありました。
舌が紅いというのは体内に熱があることを意味しております。
確かに問診や望診でも熱の症状がありました。
つまり舌が紅いということはこれまでの四診で判断してきた「熱症状」の裏づけになります。
次に裂紋ですが、裂紋は体内の必要な水分が不足すると現れます。
例えば、寝不足をしたり、体内に熱があったりすると、その熱により水分が損耗されてしまいます。
A子さんは、お子さんの夜泣きによって寝不足でしたよね。又、気の滞りによる実熱の症状もありました。
体内の水分が損耗されやすい状況であるのは容易に想像が付きます。
次に脈ですが、弦を弾く様な脈とは「弦脈」と言い、ストレスなどを受け、気が滞った時によく現れる脈であります。
又、脈の速さは、体内の寒熱を表わします。
早い脈は熱を、遅い脈は冷えを表わしますので、A子さんの脈は速くうっておりましたので、やはり熱を意味します。

さて、舌と脈をみても、今まで四診で得てきた情報と同じような結果 となりましたので、今までの四診が間違っていないという裏づけになりました。

これで、四診により得た情報が整理出来ました。
では、いよいよ最終的な弁証を立ててまいりましょう。

 


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