【3−2、発症以前に耳に何か異常についての問診】
では、それぞれの答えをみてみましょう。

@発症前に耳の周辺に張ったような感じは無かった。
又、耳がつまった様な感じや痛みも無かった。

これは、突発性難聴の原因を探る質問です。
先程の問診では、季節や寒熱がBさんの突発性難聴の原因になってはいないようなので、他の原因を探らなければならないわけです。
もし、気の滞りが原因であると、耳の周辺に張ったような感じがあった可能性があります。
又、体内に余分な水分が熱化して起こる難聴は耳に塞がった感じがすることがあります。
Bさんは以上の症状は無かったと言っていますので、これらが原因である可能性を否定する材料の1つになります。
又、もし気の滞りや余分な水分の熱化が原因の場合は、温めると症状が悪化する場合があります。
先程の問診でBさんは温めても冷やしても症状は変わらないと言っておりますので、これも気の滞りや余分な水分の熱化が原因の否定の材料になります。

Aセミの鳴くような耳鳴りが若い頃から今だにあるが、それほど大きな音ではないので 気にとめていない。
ここで新たに症状が出てまいりました。
耳鳴りは大きく分けて2種類あります。
1つは「突発性難聴T」の症状でもあった「キーン」といった高音の耳鳴りです。
この症状は気の滞りが生じたときに現れることが多いようです。
もう1つは「ジー」といった低音の耳鳴りで、よくセミの鳴く様な音と表現されます。
このタイプの耳鳴りは腎精の不足によるものが多いようです。
又、このタイプの耳鳴りの音は比較的小さな音のことが多いようです。
Bさんの場合は、低音のタイプですから、腎精の不足による可能性があります。
腎精の不足は「虚症」ですから、今までの問診の答えと一致します。

B特に耳が聞こえづらくなり始めたのは1年位前であるが、今から思うとそれ以前から徐々に聞こえづらくなっていた気がする。
これは、症状が徐所に発症している事を意味します。つまり、「虚症」の可能性を高める答えになります。

C病院へ初めて行ったのは半年前で、その理由は症状が悪化してきており、電話の声が聞き取りづらかったりと生活にも支障が出始めてきたからで、鍼灸院へ来た理由は病院へ行っても症状の改善が無かったため。
この質問は冒頭で説明した、Bさんが病院へ行った時期や理由についての質問です。
Bさんの答えからは病院や鍼灸院へ来院した理由に急激な症状の変化があったわけではなく、徐所に症状が悪化してしまい生活に支障が出たためでした。
このことからも「実証」の可能性はありませんでした。

 さて、ここまで問診が進んでくるとBさんの気質もだんだんわかってまいりました。
Bさんは1年以上前から、耳鳴りがあったようですが本人はそれほど気にはしていなかったようです。
さらにその後、難聴の症状が現れても、6ヶ月以上放っておいたことになります。
Bさんは基本的に体調の変化には無頓着なタイプの方のようです。
これは質問表にチェックを入れない患者さんの説明をした時の後者にあたるタイプです。
その点を考慮すると、先程の問診で「休んでも症状は軽減しない」という虚証の否定を意味する答えがありましたが、もしかすると休息により若干の症状の改善があるにもかかわらず、本人がそれに気付いていないことも考えられます。
このタイプの患者さんの問診はかなり具体的に細かく注意深く訊いていかなければ、殆んどの症状は無いという答えになってしまいますので気を付けなければいけません。
 
 それではここまでの問診をまとめてみましょう。

@ 虚実については、「虚症」の可能性がかなり高く、「実証」の可能性は低い。
A 原因については今の段階では腎精の不足が考えられる。
B 難聴の発病前に低音の耳鳴りがしており、現在もまだ続いている。

今までの問診から、Bさんの難聴は『虚証』と判断してもいいと思います。
発症時も「実証」ではなさそうなので、最初から「虚症」であったと考えられます。
さて、今までの問診で新に耳鳴りの症状が出てまいりました。
耳鳴りと難聴は深い関係の場合がありますので、次に耳鳴りについての問診をしました。


【3−3、耳鳴りについての問診】
では、耳鳴りについての答えを説明していきましょう。

@ セミの鳴く様な耳鳴りは今だに続いている。
・音の種類としては、低く細い。
・重く濁った音ではなく、ヒューヒューという音でもない。
・音量は気にとめるほど大きいものではない。
 「セミの鳴く様な音・低く細い」については先程説明したように、腎虚による耳鳴りの特徴です。
耳鳴りについては本人は特に気にしておらず治療も受けていないとのことで、この状態が今もなお続いているということです。
ここから推測できることは、Bさんは何らかの原因で腎虚(腎精の不足)となり、それを改善しなかったが為に悪化しさらに難聴に発展したという仮説がなりたちます。
さらに問診を続け耳鳴りと難聴が同じような原因で起きており、症状の性質が似ていれば、先程の仮説が正しいことになりますので、以降の耳鳴りについての問診は上記の点を注意して進めてゆきます。

「重く濁った音ではなく、ヒューヒューという音でもない」
 これは、『痰火』といって、 体内の余分な水分が溜まり熱化してしまっておこる耳鳴りの特徴です。
Bさんはこれらの症状はありませんので、『痰火』が原因ではないようです。

「音量は気にとめるほど大きいものではない」
 これも虚証の特徴です。

A 耳鳴りは夜間に増悪する気がし、耳を按じると症状は軽減する。
 これらも、腎虚の特徴です。

B 難聴と同様に季節や天気の影響も無く、暖めても寒いところへ行っても変化はない。
又、休んでも疲労しても変化はなく、精神的な変化やストレスや怒りによって症状が変化することもない。
これらの質問は症状を誘発する原因についての質問ですが、季節・天候・寒暖・精神状態によって症状が誘発されることはないようです。
又、これらは難聴の誘発素因の質問の答えと一致しております。

 さて、耳鳴りについての問診の答えをまとめると、
病気の性質は「虚証」であり、原因は「腎虚」による可能性が高く、その他の誘発素因は無さそうである。ということがわかります。
以上の結果を難聴の問診の結果と照らし合わせてみると、原因・損傷のある臓器・誘発素因、などが全て一致します。
このことから、中医学的に診ると「耳鳴り」と「難聴」の原因や病気の性質は同じものであることがわかります。
 中医学には『同病異治・異病同治』という言葉があります。
これは「違う病気(症状)であっても、その病気の成り立ちや性質が同じであれば、治療法が同じことがあり、同じ病気(症状)であっても病気の成り立ちや性質が違えば、治療法は異なる」という意味であります。
このあたりが、病名で治療を行う現代医学との違いの1つであり、一般 の方が中医学を理解しづらい物にしている原因の1つではないかと思います。
 
 さて、話をBさんに戻しましょう。
ですから、Bさんの場合は「耳鳴り」と「難聴」は症状こそ違いますが、病気の成り立ちや性質が同じであると言えます。
最後の随伴症状についての問診をし、どの臓腑が損傷を起しているのかを探してゆき最終的な弁証をたてます。

【3−4、随伴症状についての問診】
それでは随伴症状についての問診から弁証をたてるまでを説明していきましょう。
随伴症状の問診については幾つか注意することがあります。

 それはどのようなことかというと、
a、随伴症状が主訴と関係があるものなのか?
それとも体質と関係があるものなのか?あるいは両方に関係があるものか?
b、体質と主訴は関係があるのか?無関係なのか?

これらを明らかにしないと、精神疾患などの随伴症状が沢山ある疾患の場合は混乱してしまいます。
これらについては発症の時期や誘発素因などを訊くことによってある程度判断することが出来ます。
ですから、@とAについては発症の時期を確認していたのです。

@ 「最近、性機能の減退や物忘れがある。」
性機能の減退や健忘の原因は様々です。例えば、腎・心・脾に原因があるものと、体内の余分な水分が原因になるものがあります。
しかし今までの問診を考慮すると一番疑えるのは「腎精の不足」になります。
が、他の臓器の可能性もあるわけですから、心・脾についてや体内に余分な水分があるかを他の症状などで確認しなければなりません。

A 「前から足腰がだるかった・子供のころから歯が弱く、身体は小さかった」
 これは、腎虚の特徴です。
さて、@とAについては同じ腎虚の症状ですが、Aより@の方が重い症状です。
さらに発症時期を見てみると、Bさんの腎虚は進行していることが窺えます。

B 倦怠感・気力が萎える・食欲不振・軟便、といった事は無い。
 これは脾・胃についての質問です。
 Bさんはこれらについては否定されました。

C 飲酒はしない、偏食もなくバランスよく食べている。
飲酒や偏食は体内で熱や余分な水分を産んだりします。
又、甘いもの・脂っこいもの・味の濃い物などの過食は脾や胃を損傷させてしまいます。
 Bさんは飲酒や偏食は無いそうです。

D 頭が重い感じや胃脘部の張った感じは無い。痰や体のむくみも無い。
これも体内の余分な水分の有無についての質問です。
やはりBさんは否定しております。
さて今までの問診と、B〜Dの答えから、Bさんの「耳鳴り」や「難聴」の原因から、脾・胃や余分な水分は外してよいでしょう。

E 胸が張る感じ・口が苦い・頭痛、咽の渇き、便秘や乾燥便といったことは無い。

F 精神的な変化やストレスや怒りによって症状が変化することもない。

 EとFは肝についての質問です。肝が原因となる難聴や耳鳴りは実証です。
Bさんの症状は虚症でありますから、肝が原因の可能性は低いのですが、念のため質問をしてみました。
今の問診の答えから、Bさんの「突発性難聴」は「肝」とは無関係と言ってよいでしょう。

G動悸・不眠・息切れ・風邪をひきやすい、といったこともない。
 これらは、心と肺の質問です。
心と肺は直接「耳鳴り」「難聴」には関係がありませんがこちらも念のために質問しました。
Bさんは心や肺の症状はないようです。

今までの問診を全て総合するとBさんの「突発性難聴」は、「虚証」であり、「腎」の影響があるものと判断できます。

では、最後に何が原因でどの様な機序でBさんが「突発性難聴」になってしまったのか、又それと随伴症状の関係を整理して、矛盾が無ければそれを基に最終的な弁証を完成させます。


?、Bさんの「突発性難聴」の原因と発病のメカニズム

=原因(病因)=
Bさんの「突発性難聴」は「虚症」によるものでした。
「虚症」の「突発性難聴」を起す原因には、思い悩み・偏食・長患い・疲労・老化・先天の不足、などが考えられます。
この中で、「精神状態で症状の変化が無い」ということから「思い悩み」は原因から外せます。
次に偏食ですが、本人が偏食は無いと言っていますし、さらに偏食は「脾」を損傷させますが、Bさんには「脾」の症状は現れておりませんので原因から「偏食」を外してよいでしょう。
問診表に「大きな病気はしていない」とありましたので「長患い」も外せます。
先程の誘発素因を質問した時にBさんは休んでも楽にならないと答えていました。もし「疲労」が原因であれば休息をとることで症状の改善がありますので、「疲労」も原因から外せます。
「腎精の不足」については今までの問診の中でかなりの症状が現れておりました。
以上のことから原因は「腎精の不足」と考えてよいでしょう。
次に損傷を受けている臓器ですが、「虚症」の「突発性難聴」に関係のある臓器は「脾」「腎」になります。
こちらは随伴症状からも判るように、「脾」の症状はありませんから、「腎」が関係していると考えて間違いはないでしょう。

さて先程、原因は「腎精の不足」と言いましたが、実は更にもう1つ原因があります。
それはBさんの性格も原因になっているようです。
では、そのへんも含め発病のメカニズムを説明いたしましょう。

=発病のメカニズム(病機)=
先程、2−1で「先天の精」の説明をいたしましたが覚えていますか?
赤ちゃんは「オギャー」とお母さんのお腹から出て来る時に既にエネルギーを腎へ納めております。
このエネルギーは両親から受け継いだもので、「先天の精」と呼びました。
又、腎に納められていることから「腎精」とも呼ばれます。
「先天の精」の主な働きには、人体形成の基礎、生殖・成長・成熟などがあります。
「先天の精」は赤ちゃんを子供へ、子供を大人へと成長させるわけです。
又、人間の成長に伴い「先天の精」自体も「後天の精」の化成により充実してゆきます。
腎精がある程度充実してくると、女性は生理が始まり、男性は生殖が可能となります。
やがて時が経つと「腎精」の減少が始まります。これが老化の始まりです。
以上のことから、もし「先天の精」が不足した状態で産まれると、成長や老化に影響がでてきます。
成長に影響が及ぶと、成長が遅い・低身長・体が小さい・髪が細い又は薄い・初潮が遅い、などといった症状が出ます。
また、老化に影響が及ぶと、早期の老化現象があらわれます。
具体的には、早期の白髪や脱毛・歯が弱い・足腰が弱い・難聴や耳鳴り・健忘・性機能の減退・早期の閉経、などがあります。
望診でもわかるように、Bさんの身長・体重は、160cm・57kgですので、身体は小さいと言えます。更に、年齢の割りには白髪が多いようです。
又、随伴症状からは、子供の頃から歯が弱かったり以前から足腰がだるかったようですので、Bさんは「先天の精の不足」があることは否定できないでしょう。
もう1つの原因はBさんの体調の変化に鈍感であるところにあります。
問診表には1年前から耳が聞こえづらいと書いてありますが、病院へはそれから半年も経って生活に支障がでてから受診しております。その後さらに半年が過ぎ症状が改善されないから鍼灸治療院へ来院されたわけです。
更に問診が進んでゆくと「今から考えると1年前より以前から徐々に聞こえづらくなっていた気がする」と答えております。
以上のエピソードからもBさんが身体の変化に無頓着であるのが窺えます。
しかも、Bさんの身体は「難聴」になる前に「耳鳴り」というサインを発していたにもかかわらず、Bさんは何の治療もされず放置してしまい難聴にまで進行させてしまったのです。
病院では「突発性難聴」と診断されておりますが、Bさんの難聴は決して突発的に起きたのではありません。

 さて、問診でわかったBさんの症状を子供の頃から発症した順に並べて見ましょう。

 子供の頃から歯が弱かったり身体が小さかった。
   ↓
 大人になり足腰がダルくなった。
   ↓
 耳鳴りを発症
   ↓
 突発性難聴を発症
   ↓
 性機能の減退や健忘

以上のようになります。
 これの症状は全て「腎精不足」が原因となって起こる症状です。
段々症状が悪化していることがわかると思います。
つまりBさんは、子供のころから「腎精不足」があり、歳を重ねるにしたがい「腎精不足」が進行してしまっています。
その過程で「耳鳴り」や「突発性難聴」が起こったのです。
ですから、「耳鳴り」の段階で何らかの治療を受けていれば「突発性難聴」の発症は免れたかもしれません。
 因みに、「腎開竅於耳(じんかいきょうおじ)」といい、中医学では腎と耳は気血の流れる通 路で繋がっていて、耳の働きが十分に発揮されるのは腎精が満ちているからと考えます。ですから、腎精の不足は、耳鳴りや難聴といった耳の疾患を引き起こすのです。

以上のようにBさんの主訴や随伴症状は「腎精の不足」によるものと考えて矛盾は生じません。
したがって最終的な弁証名は『腎精欠損耳鳴・耳聾』となります。

 さて弁証が立てられた時点で基本的に問診は終了です。
患者さんには施術に備えて治療室へ移動をしていただき、ベッドに横になってもらいます。
その間に治療者は治療方針と使用するツボを決めなければなりません。
先ず最初に考えるのが治療方針です。
この場合は、腎精の不足が原因ですから、「補益腎精」といって腎精を補ってあげる治療をおこないます。
そして、治療方針が決まれば、それに見合ったツボを選択します。
因みに、頭部や耳の周りのツボ以外にも、体幹や足に至るまで、全身のツボを使用します。
問診が終わって鍼をうつまでに治療者の頭の中では上記の様なことを考えています。

如何でしたか?
2回にわたって「突発性難聴」のシュミレーションを紹介いたしました。
診察中の治療者がどの様に患者さんの身体の中のバランスの崩れ具合を見極めてゆくのかイメージできましたでしょうか。
我々はこのようにして弁証を立てております。
そして、このような過程は決して珍しいことではなく、中医鍼灸ではごく普通 のことであります。
以上のことから、いい加減な問診であったり、痛い所やコリが在る所や病んでいる所にのみ針を打ったり、この疾患にはこのツボといったような短絡的な選穴の仕方のみの治療は本来の中医学(東洋医学)ではありません。
人を治すには、それなりの理論や手順を踏まないと決して結果はでません。
ましてや、慢性症状を治療するには尚のこと繊細な弁証が必要になってまいります。

当院は患者さんと伴に病を治していこうと考えております。
真剣にお悩みの方はお気軽に当院までご相談ください。
我々も誠意を持ってお答えいたします。

 


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