最近、当院を受信される患者さんの中で、「突発性難聴(とっぱつせいなんちょう)」の方が増えています。
この病気は西洋医学的には、なかなか厄介な疾患とされています。
理由は、検査をしても器質的(器官・機能としては)問題が無い場合、治療しにくいからと言えるでしょう。
このような場合、一般的には耳神経に栄養を与える目的で、ビタミン剤の投与による治療が主流となっています。
また、耳が聞こえにくい症状によって、その事でウツウツとし神経が高ぶってイライラ状態が続いてしまうような場合には、対処療法として精神安定剤を投与するという考えの医師もおられます。どちらの治療も、根本的なものではありませんので、結果
的に治療が長引いてしまう訳なのです。
発症して数日以内で西洋医学の薬の服用治療に鍼灸治療を併用すると数回の治療で症状が改善されるケースが非常に多いです。西洋医学的な治療では困難きわめる突発性難聴ですが、是非とも鍼灸治療の併用をおすすめ致したいと思います。それにより、後遺症として残る聴力低下、耳鳴りが防げます。
只、早期治療が絶対のポイントです。早い方ですと2〜3回の治療で聴力回復も望めます。
では、中国医学ではこの病気をどの様にとらえるのでしょうか?
中国医学において、突発性難聴は“ストレスによって発症するケースが多い”と考えられています。現代は「ストレス社会」と称されるように、殆どの方が何らかの精神的負担を強いられていますから、こうした疾患の方が増えているのも頷けます。
今回は、その典型例として、三鷹市のT.Sさん(35歳)のケースをご紹介いたします。
この方の仕事は、勤務時間が不規則で、かつ常に緊張感を保たなければならない業務についていらっしゃいます。その為、なかなか気を抜くことが出来ず、お酒で緊張を解きほぐす事が多かったそうです。
また、 突発性難聴を発症する前には「キーン」という耳鳴りがちょくちょく鳴っていたそうです。そして、いつも首筋が脹って、上半身がほてる感じが強かったとおっしゃっていました。
これらのお話から、この方の症状を分析してみましょう。
中国医学の考え方では、T.Sさんの場合「肝(かん)」の気のうっ滞が原因と考えられました。
「肝」とは、体の色々な機能をのびやかに働かせる役目があります。
そして、「肝」は全身の血の流量を調節します。今のT.Sさんの状態は、本来びやかな性質だった「肝」の気が、ストレスによって渋滞を起こしてしまっているのです。これが長期化すると、「肝」と関係が深い「胆(たん)」という臓器にも影響をおよぼしてしまいます。「胆」の気の流れのルートは、耳の周りをめぐっており、そこで気の流れに渋滞がおきてしまうと、突発性難聴という病気になると考えられています。
難聴だけでなく、耳の周りが脹ってくる症状も現れるのは、こうした理由からなのです。
そして、見逃してはいけないのが、発症前に頻繁に出ていた「キーン」という高音の耳鳴りです。これは、体の悲鳴、いわゆる注意信号が出ていたことを意味します。
一般の方では、そうとらえることが難しいとは思いますが、このような体の小さな叫びに気を配ることがもっとも大切な事なのです。同様に、西洋医学においても数値などに出ない以上、この点を重視することはあまりありません。
しかし、中国医学の考えに基づいてみると、このような耳鳴りはストレスがたまって、体も疲れがピークに達していることを意味します。これを放置することで、ある日突然難聴になってしまうケースが多いのです。
次に治療方法のお話をしたいと思います。
まず、うっ滞した気の流れをスムーズに流れるように「 疏肝理気(そかんりき)」という手当を行います。これは、滞ったエネルギーの巡りをよくする治療のしかたです。
具体的には。耳の周りの気の流れをなめらかになるように通してあげるのですものです。
もちろん、局所にも鍼をしますが、手や足のツボも使って全体的に気が巡るように手当をします。くわえて、心身がリラックスできるツボにも刺激を与え、精神安定をはかる治療も行いっていきます。そして、予防養生の為に元気回復のツボにも鍼をします。
T.Sさんは、中国医学というものへの信頼感が厚く、とても協力的に治療を受けて下さいました。ご本人も中国から漢方をご自身で取り寄せられ服用していらっしゃったので、より良い結果
が早く出ることになりました。
週2〜3回のペースで治療を受けていただき、5回目ぐらいから耳の周りの脹った感じが無くなってきました。
10回目ぐらいには、低音の聴力が普通に戻り、15回目ぐらいには、高音の聴力も改善されてきました。
20回目ぐらいには、高音、低音、ともに聴力は普通になられました。
25回目ぐらいには、耳鳴りも殆ど気にならない程に回復されました。
また、以前は疲れると耳鳴りもひどくなっていたそうですが、現在では、そのような事も無くなってきたということです。そして、お天気によって聴力を左右されるということも無くなったそうです。
この方の場合、治療期間はだいたい2カ月ほどでした。
突発性難聴に関しては、約2〜3カ月の治療期間が最低でも必要となります。
実際の治療回数ですと、20〜30回位を目安にしていただけると、良い結果
が生じるかと思います。何より、早期の治療が一番大切になります。
なお、これはあくまで目安でありまして、治療というものは「100%絶対」と言いきれるものではございません。発症されるまでその方が置かれていた環境、精神状態、経過の長さ、今現在の状況などにより効果
や期間に個人差が出ることは予めご理解頂きたいと思います。
突発性難聴につきましては、「 心のケアについて」でもお話ししていますので、そちらの方も
お読みいただけたらと思います。
説明の中ででてきます気・血・水の考え方につきましては、「中医学の病気のとらえ方」で詳しくお話ししていますので、お読みいただけるとよりわかりやすいと思います。
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